<水は則(すなわ)ち舟(ふね)を載せ、水は則ち舟を覆す>は中国の思想家、荀子(じゅんし)の言葉である。5月に亡くなった中国文学者、井波律子さんの「中国名言集」にある▼本紙連載が基になっており、先日の窓欄にもそれにまつわる投稿が載っていた。水は庶民、舟は君主。悪い政治をすれば転覆させられるという君主への戒めで「現代にも通用する」と井波さんはつづる▼かつて日本の政治家にも中国の古典から学ぶ人は多かったそうだ。抽象的な議論は西洋だが、人に関することは何でも漢籍に求められると故吉田茂元首相は言っている▼先人が残してくれたものは、今のかの国の指導部にどう伝わっているのだろう。香港での国家安全維持法の施行から半月。「一国二制度」は崩れ、自由は風前のともしびといわれる▼市民の反発は大きい。立法会選挙に向けた民主派の予備選には、国安法違反との警告にもかかわらず61万人の投票があった。「香港人は屈服しない」との声が上がる。だが中国当局もこのまま黙ってはいないはずだ▼「水になれ」。昨年の香港デモでは故ブルース・リーさんのそんな言葉がスローガンになったという。困難には形にとらわれない水のように、柔軟に対応する―。水も凍らせるような強権政治だが、いつか巨船をひっくり返す日が来るだろうか。