「今からでも頑張れば夢はかなうから」。ダンス教室の教え子で、家出を繰り返す少女を励ますとこう言い返された。「翔吾君も夢あきらめているやん」。当時30歳。一念発起して講師を辞め、作家になると決めた▼15日の直木賞選考会で受賞を逃した木津川市出身の今村翔吾さん(36)は異色の経歴を持つ。父親が開く私塾でダンスを教えた後、守山市で埋蔵文化財の調査員に。泥だらけになって発掘に汗を流した▼創作に専念してからは、時間を取り戻すように1日18時間も机に向かった。デビューは3年前。瞬く間に時代小説の売れっ子となったが、主人公の多くは一般の英雄像からは程遠い▼2度目の直木賞候補作「じんかん」は、希代の悪人と評される戦国武将松永久秀の印象を大胆に覆し、前回候補作「童(わらべ)の神」は、鬼と呼ばれて差別された辺境の民たちの蜂起を描いた▼江戸時代の火消(ひけし)集団が活躍する人気シリーズの主役は東北地方の小藩の出身。なぜ、との読者の問いに「一番貧乏な藩だったから」と明かした▼反骨精神に、希望と人情の機微を織り交ぜた作品を生み出しつつ、今もダンス講師時代の髪形や服装、ピアス姿を大事に守る。「翔吾君はあの頃のまま夢に向かっていると思ってほしくて」。今回の失意を血肉にして湖国で奮起を誓う。