「私の雇い主は日本国民」と語っていたまじめな職員がなぜ、命を絶たねばならなかったのか。

 元財務省近畿財務局職員の赤木俊夫さんが森友学園問題の決裁文書改ざんを強制され自殺したとして、妻の雅子さんが国と佐川宣寿元同省理財局長に損害賠償を求める訴訟が大阪地裁で始まった。

 だれが、何のために改ざんを指示したのか。国有地売却問題発覚から3年余りたつが、疑惑の核心部分は不透明なままだ。

 国と佐川氏側は請求棄却を求めた。国側は改ざんの経緯などは争わないとした上で、注意義務違反があったとする原告側主張についての認否は避けた。

 佐川氏側も「賠償責任があるのは国で、公務員個人は責任を負わない」と反論した。

 だが雅子さんが訴訟を起こしたのは、夫の死の真相を知りたいとの思いからだ。

 財務省は2018年、文書改ざんを認める内部調査の報告書を公表し、佐川氏らを処分した。ところが政治家の関与などについては踏み込まず、改ざんの動機や詳しい経緯は明らかではない。

 大阪地検特捜部は佐川氏らを不起訴にし、疑惑の解明を願う国民の期待に応えなかった。

 雅子さんは俊夫さんの手記と遺書を公開して再調査を求めたが、安倍晋三首相や麻生太郎財務相は拒んでいる。

 当時の幹部は出世し、霞が関では「過去の話」との声も聞かれるという。教訓を重く受け止めているようには見えない。

 裁判でそれぞれの主張、反論はあるにせよ、関係者は少なくとも出廷し、遺族の疑問に真摯(しんし)に向き合うべきではないか。

 特に佐川氏は国会証人喚問で「刑事訴追の恐れがある」として証言拒否を繰り返した。その後、拒む理由はなくなったのに説明責任を果たしていない。

 「雇い主は日本国民」との俊夫さんの言葉をかみしめてほしい。

 改ざんの発端は、安倍首相が国会で「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」と答弁したことにある。この問題に政治は深く関わっている。

 民主主義の根幹にかかわる公文書改ざんが、「官庁の中の官庁」とも言われる財務省で起きた。その後も「桜を見る会」など疑惑が後を絶たない。

 遺族の思いに応えるのはもちろんだが、背景にある問題に政治が本気で取り組まなければ国民の信頼回復はない。