「向こうから弾さよけていく。1回だけじゃない。もうだめだと思ったことが8回くらいあった」パラオから生還した土田喜代一さん(福岡県筑後市)

 太平洋戦争の激戦地、パラオのペリリュー島から生還した34人のうちの一人。1万人を超す日本兵が戦死し「99・999パーセント」の死を覚悟した。生死を分けたものは何だったのか。「運ですよ。弾がよけていくから全然無傷だった」。慰霊のためにペリリュー島を14回訪問。戦友たちの遺族や後世に凄惨な戦場を伝えるために、生き延びさせられたと考えることもあるという。2017年、97歳のとき、西日本新聞社の取材に語った。