事件からの1年を振り返る津田伸一さん(兵庫県加古川市)

事件からの1年を振り返る津田伸一さん(兵庫県加古川市)

 あの日から四季が巡っても、抱えた悲しみは癒えない。18日で発生から1年となった京都アニメーション第1スタジオ(京都市伏見区)の放火殺人事件。犠牲者の親たちは喪失感にさいなまれながら、突然未来を絶たれたわが子に思いをはせた。

 京アニの色彩表現で中心的な役割を担ってきた津田幸恵(さちえ)さん=当時(41)=の父伸一さん(70)は、18日を兵庫県加古川市の自宅で過ごした。「私にとって区切りはないですよ」。力なくつぶやいた。

 最近になって変化もあったという。内に秘めてきた思いを少しずつ言葉にできるようになったことだ。

 自宅に持ち帰った幸恵さんの遺品はほとんど処分した。昨年12月の取材時は「物を残さない性分だから」と説明していたが、実は別の理由があったと明かす。「遺品を目にすることがきっかけになって、幸恵が死んだ時の状況を想像してしまうのがつらかった」

 苦しかったろう、怖かったろう-。その気持ちを言葉にすることすら、半年前にはできなかった。「口に出せることがいいことかどうかは、分からないけれど」

 幸恵さんと過ごした楽しい思い出もあるのに、わき上がるのは悲痛さだけ。その感情の源には、娘との「最後の対面」がある。

 「葬儀の前に幸恵の顔を見てしまった」。以来、あの日のスタジオで娘が抱いたであろう恐怖が一層心に迫るようになった。自身の判断を後悔している訳ではない。だが亡きがらと対面しなかった他の遺族に対しては、「その方が正解」とも思える。

 事件後、かき乱され続けた伸一さんの心。生活も大きく変わった。

 電機設計業の仕事に向かうため高速道路を使った時のことだ。単調な運転が続く中、ふと幸恵さんへの思いが浮かんできた。涙で視界がぼやけた。慌ててサービスエリアに入って気持ちを落ち着かせた。その日の仕事はキャンセルし、一般道で帰った。以来、運転は控えるようにし、今年2月の免許更新はしなかった。仕事は年内でリタイアするという。

 月日は巡っても心は凍ったままだ。「これから時間が流れ、徐々に気持ちが軽くなるのを待つだけ」