舞鶴市政記念館に展示されている「友情のメダル」のレプリカ(同市北吸・舞鶴赤れんがパーク2号棟)

舞鶴市政記念館に展示されている「友情のメダル」のレプリカ(同市北吸・舞鶴赤れんがパーク2号棟)

建立された記念碑(舞鶴市北吸・大聖寺)

建立された記念碑(舞鶴市北吸・大聖寺)

 1936年のベルリン五輪で日本人選手が互いの健闘をたたえ、銀と銅のメダルをつなぎ合わせた「友情のメダル」で知られる京都府舞鶴市出身の故・大江季雄(すえお)さんの記念碑が、同市北吸の大聖寺に建立され、23日に追悼法要と除幕式が執り行われた。関係者が若くして戦死した大江さんをしのび、戦争や疫病のない平和な世界を願った。

 大江さんは新舞鶴町(現舞鶴市)出身で、棒高跳びでベルリン五輪に出場。良きライバルだった故・西田修平さんと長時間にわたって2位を競い合い、決着がつかなかった。西田さんが2位、大江さんが3位となったが、帰国後に二つのメダルを半分にしてつなぎ合わせ、「友情のメダル」にした逸話が残る。

 その後、40年に開催されるはずだった東京五輪は、日中戦争のため返上された。大江さんは39年、陸軍に招集され、41年に27歳の若さで戦死した。

 大江さんの墓碑は、菩提(ぼだい)寺の等楽(とうらく)寺(京丹後市弥栄町)と大聖寺に建立され、64年の東京五輪の前年には同寺で盛大な追悼法要が営まれたが、親族が舞鶴を離れたため、78年に同寺の墓碑は引き払われたという。

 記念碑は、今月開幕予定だった東京五輪を前に大江さんの功績を故郷にしるし、平和や命の大切さを後世に伝えたいと、松尾眞弘住職(60)と牧野博行檀徒総代(76)らが発案。等楽寺や親族らの賛同を得て、今月完成した。高さ1・5メートルで、大江さんの肖像と紹介文が刻まれている。

 法要には、市スポーツ協会や大江さんの母校の西舞鶴高関係者など約30人が参列。松尾住職らが除幕し、記念碑に一人一人献花した。松尾住職は「若い人には戦争が遠い話になっていると感じるが、平和や健康のありがたさを感じてもらいたい」と思いを語った。

 新型コロナウイルスの影響で出席を見合わせた大江さんのおい吾郎さん(81)=横浜市=も取材に応じ、「舞鶴で顕彰していただけることは、大変光栄。時機を見て訪れられたら」と願っている。