7月20日 アポロ11号
 
1969年の本日、アポロ11号に乗ったアメリカ人2人が月に降り立ちました。テレビ少年の私は月からの生中継に驚き、かの国のすごさを擦り込まれた。翌年の大阪万博では「月の石」見たさにアメリカ館への長蛇の列に加わり、月世界旅行を夢見たものです。が、米国は確かに月面に旗を立て、宇宙開発競争に勝ったものの、では人類がその星で何をするのか? それの答えは半世紀たった現在も私たちは見いだせていませんね。

7月21日 パパ・ヘミングウェー
 アーネスト・ヘミングウェーは1899年の本日生誕。その魅力を知ったのは課題図書「老人と海」、ではなく、雑誌ブルータス4号(1980年)の特集「パパに脱帽!」でした。生涯狩猟や釣り、故郷イリノイの山河やキーウェストの海を愛し遊んだ、これぞアメリカ人、20世紀の冒険者です。ハードボイルド・リアリズムと称される文体は冷徹、正確で美しい。年とった今読む「老人と海」は心に染みる。舞台はメキシコ湾。

7月22日 ローラ・パーマー誕生
 連続テレビドラマ「ツイン・ピークス」。米国北西部の田舎町、美少女ローラ・パーマーに何が? カルト映画界2人の異能、デヴィッド・リンチ、マーク・フロストが1990年に生み出した怪作です。謎が謎を呼ぶ展開に日本でも熱狂的な支持を集め、後のドラマ製作に大きな影響を与えた。2017年に続編が放映されましたが、謎はなお解けぬまま。本日は「美しい死体」としてサスペンス史に記憶を残したローラの誕生日。

7月23日 レイモンド・チャンドラー
 西部劇、ジャズ、野球、アメフト、ハンバーガー。米国名産品にハードボイルドも加えたい。その代表的作家が本日誕生日のレイモンド・チャンドラー。知的で流麗、緻密な文体は多くの読者を魅了しています。村上春樹は自ら訳した「ロング・グッドバイ」を「別格の存在」「ほとんど夢のような領域にまで近づいている」と評する。探偵フィリップ・マーロウの言動は常に男子(私)の背筋を伸ばす。タフで優しく生きたい!

7月24日 ジーン・ウェブスター
 「ジャービーさんが恋しくて恋しくて…」。「あしながおじさん」終盤の文面には今もどきどきします。孤児院のジュディが謎の篤志家に毎月送る手紙から成る幸福な小説。作家志望の聡明(そうめい)な少女の筆は、自立、社会主義、婦人参政権にまで及ぶ。1912年刊。日本では19年「蚊とんぼスミス」の題で刊行、米国の学園生活、自由や夢の形に20世紀少女たちは大層憧れたことと想像します。本日は作者ジーン・ウェブスターの誕生日。

7月25日 コーラスライン初演
 8人だけがバックダンサーに選ばれる、とある舞台のオーディション。無名の役者たちの人間模様を描くミュージカル「コーラスライン」。このラインは主役と脇役を隔てる線のこと。各人の個性を重視する物語、夢も絶望もサプライズもある米国産エンターテインメントのブロードウェイ初演は1975年の本日です。劇団四季が79年から上演し、回数は2千回超と大成功を収めて、金字塔に。京都劇場でも上演されましたね。

7月26日 キューブリック
 忘れられない絵を撮る監督といえば、日本は黒澤明、米国ならスタンリー・キューブリックかな。目を閉じれば「時計じかけのオレンジ」「シャイニング」の場面が浮かぶ。「2001年宇宙の旅」は、雑誌「ぴあ」のもう一度見たい映画1位に長く居座り未見の若者を焦(じ)らせたもの。寡作、完全主義的製作姿勢、米国生まれなれどハリウッドとの折り合い悪く渡英、独自の映画芸術を開花させた天才。本日が誕生日です。

 

~西部の男に会った話~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 アメリカ本土を踏んだのは遅く、出版社に入社、男性誌に配属となり、いきなりウエスタン特集を任された時でした。西部劇衰退期の1980年代で、かつては花形だった俳優たちの今を追うという企画。米国人コーディネーターから持ち込まれたものでしたが、ハリウッドに着いてみれば話が違って、現地の俳優協会と全然連絡が取れません。滞在はたった1週間。新米編集者の私は途方に暮れ、安いけどだだっ広いホテルの一室で絶望感にさいなまれました。西部で砂漠に取り残された男みたいになってしまった。どうしよう?

 ただ電話を待っていてもらちが明かないので、地元の通訳と町に出ました。ウエスタンショップや、ゆかりのありそうなレストラン、バーを片っ端から訪ね、「誰か俳優知りませんか?」なんて、ずいぶん乱暴な作戦。

 けれどそれが功を奏し、とある老舗の洋服店の女性が「あさってベン・ジョンソンがパナマ帽を買いに来るわよ。ベン知ってる?」と。ひゃあ、知ってるも何もベンと来たら、ジョン・フォードやサム・ペキンパーの映画を支えた常連役者。「幌(ほろ)馬車」「黄色いリボン」「ワイルドバンチ」「ゲッタウェイ」!

 親切にも本人に電話をかけてくれ、何とたちどころに取材快諾。わくわくの当日を迎えました。本当にパナマ帽を買いに来た老優は「わざわざ日本から来てくれたのかい」と喜び、「よかったらうちにおいで」。わあ!

 車で数十分のベンの家。奥さまがお茶を入れてくれ、インタビュー。「よく見てるね」とお世辞まで頂く。前庭では得意の投げ縄を披露、ぶっといロープを牛の模型にびゅん。彼は若い頃、ロデオのチャンピオンでもあったのです。「ペキンパー監督が『ワイルドバンチ』の撮影で実弾を使ったか、って? まさか」と彼は笑ったっけ。

 西部の男はごつくて、とても優しかった。どこから見ても頼りなげな東洋の若造編集者を温かくもてなし、「いい雑誌を作ってくれよ」なんて、あのほほ笑みは彼がアカデミー賞を取った西部の挽歌(ばんか)「ラスト・ショー」の老人ライオン・サムそのまま。

 それがぼくの最初のUSAの思い出。人に出会うには町に出るべし、を身をもって実感した、幸福な経験でした。(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター