ALSの介助現場でヘルパーとのコミュニケーションによく用いられる透明文字盤=写っている女性は事件と無関係です

ALSの介助現場でヘルパーとのコミュニケーションによく用いられる透明文字盤=写っている女性は事件と無関係です

死亡したALS女性が7年以上、在宅独居に挑んだ賃貸マンション(京都市中京区)

死亡したALS女性が7年以上、在宅独居に挑んだ賃貸マンション(京都市中京区)

 神経難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性に対する嘱託殺人事件で、亡くなった女性の在宅ケアチームは、安楽死する計画を女性から知らされていないことが、26日分かった。暮らしを支えてきた訪問医療のスタッフやヘルパーらにとって、突然の死は驚きだった。「前向きに希望を持ってもらうよう、日々の暮らしを支えてきたのに」と、訪問医療関係スタッフらは「安楽死」を要望していたとの報道を受け止めかねている。家族も周囲の支援者にとっても、寝耳に水の出来事だった。

 殺害されたALS患者林優里(ゆり)さん=当時(51)=は声を発することはできなくなっていたものの、事件当時も意識はクリアで、透明文字盤を介してヘルパーに介助の指示を出したり、ケアスタッフと会話をしていた。視線入力装置でパソコンを操作しSNSに頻繁に投稿していたが、ヘルパーらに内容は教えず入力時も画面を見ないよう伝えていた、と複数の介護スタッフは話す。

 家族や親しい支援者にも、アカウント名を教えていなかった。林さんの介助に当たっていた別の福祉関係者も、逮捕後、初めて林さんがSNSで安楽死に関する投稿をしていたことを知った、という。

 ケアチームのある訪問医療関係者は「呼吸機能を維持するためのリハビリをやめたい、胃ろうからの栄養量を減らしたいなどの要望は確かにあったが、わたしたちは日々の暮らしと命をサポートするのが仕事。前向きに生きる希望を持ってもらおうと取り組んでいた」と、言葉少なに語った。医療と地域福祉関係者が一緒に課題を話し合うカンファレンス(会議)を何度も開いたが、林さんが薬物を投与するなどの「積極的安楽死」を望んでいることへの対処が、議題になったことはなかった、と振り返った。

 これまで終末期医療を巡って医師が殺人罪で逮捕・送検された「安楽死」事件は、病院内で起きた事件だった。京都の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性患者が医師に薬物を投与され死亡したとされる嘱託殺人事件は、在宅患者が対象とされた前例のない事件だ。在宅の医療福祉のネットワークは、どう患者を支えてきたのか。

 ALS患者嘱託殺人容疑で逮捕された医師の大久保愉一容疑者(42)とみられる人物が、亡くなったALS患者の林さんにSNSで「自然な最期に導きますが」と持ちかけた昨年8月。同時期に林さんは、匿名でSNSに経皮的血中酸素飽和度が96、二酸化炭素飽和度の12時間計測値で「平均44」とのデータを投稿している。

 ALSに詳しい神経内科医によると、いずれも正常値で「診察していないので正確なことは言えないが、この数値では、まだ人工呼吸器の装着を急ぐ段階ではないし、呼吸苦を取るための緩和医療を濃厚に行うべき段階でもない。二酸化炭素の滞留は少しあるかもしれないが」と話す。

 林さんのケアチームへの取材で、呼吸状態が急速に悪化し対応に追われた、との話は出てこない。京都府警によると、事件当時に死が切迫したような状況になかった、という。

 林さんの在宅生活は、訪問看護、訪問リハビリ、医師、障害福祉のヘルパー、訪問入浴など、地域医療と在宅福祉が連携して支えてきた。たん吸引が必要で、誰かが常時見守りをしないと死に直結する。体を自分では動かせず、体位調整も頻繁に必要だった。

 別の訪問医療関係者も、在宅独居を支えた約7年を「献身的にヘルパーも行政も支えてきた。みんなで優里さんを献身的に支えてきたんです」と話す。「ミント」と名付けた猫を林さんが飼おうとしたものの療養の都合であきらめざるを得なかった時も、あるヘルパーが家でミントを引き取り、林さん宅にミントを連れて通った。医療スタッフが楽器演奏を披露したり、花火大会に一緒に行こうと提案したり、専門職の枠も勤務時間も超えて、支援を続けてきた。

 1人暮らしの当初から関わってきた支援者の女性は「事件の数カ月前に会った時も、いつものように優里さんと大笑いをしながら雑談をした。過去に死にたいと漏らすことや、海外の安楽死に関心を持っていることを聞かされたことはあるが、ケアの質向上を求めての言葉で、生きる意欲だと感じてきた」といい、嘱託殺人事件が報道されて初めて知った林さんのSNS投稿の意味を、今も受け止めかねている。