1945年春、嶺南地域の女性69人が女子勤労奉仕隊として満州(現中国東北部)に渡り、広大な農場で耕作にいそしんだ。半年もしない8月15日に敗戦を知らされ状況は一変、苦難の日々が始まった。女性ばかりの隊員は途方に暮れ、国民学校などに相談したところ「敗戦国の国民として生きながらえることはできない」と自決を迫られた。また度々襲撃や略奪を受けるようになった。他の開拓団と行動、混乱の中を生き延び、46年10月に帰還。途中で隊員は散り散りになり、無事引き揚げたのは41人だった。2015年、91歳の時に福井新聞社の取材に語った。

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