ALS発症前の20代前半の林優里さん(1992年2月、遺族提供)

ALS発症前の20代前半の林優里さん(1992年2月、遺族提供)

 嘱託殺人事件で亡くなった京都市中京区のALS患者林優里(ゆり)さん=当時(51)=の父親(79)が28日、京都市内で報道各社の取材に応じた。優里さんが安楽死を望んでいたことは知らなかったといい、「まだ自力で呼吸ができる状態で、(死にたいと聞いていれば)当然、止めていた。後悔が残っています」と心中を明かした。

 幼少期から「友達も多くリーダー的存在だった」という優里さん。大学卒業後は設計士を目指して米ニューヨークで長く暮らし、行動力にあふれていた。それだけに、ALSの告知を受けた時は「とてもショックを受けていた」と振り返る。

 高齢の父親に負担を掛けまいと、ヘルパーの介助を受けてマンションでの1人暮らしに挑んだ。弱音を吐くことは少なかったが、ベッドから落ちて自力で戻れず、父親に抱きついて号泣したことがあった。父親は「病気に対するつらさ、悔しさがあったと思う」とうつむいた。

 ヘルパーや医師、難病の相談員など、優里さんの生活を支えた人たちに対しては、「娘にとことん向き合い、付き合ってくれた」と感謝の思いを口にした。