交尾中のアオイトトンボ。上がオス、下がメス

交尾中のアオイトトンボ。上がオス、下がメス

<いきものたちのりくつ 中田兼介>

 自分が父になった時のことはよく覚えています。さぞ感動することと期待していましたが、実際に訪れたのは、え? ホント? という感覚。意外でした。おなかを痛めた母親がすぐにわが子と一体になっているのを見て、少し気後れを感じたものでした。

 動物のメスにとって、産んだ子は間違いなく自分の子です。しかしオスにとっては、そうとは限りません。例えば昆虫のメスはオスからもらった精子を体内の袋にため、産卵のときに使うので、メスが複数のオスと交尾すると、生まれてくる子の父親が誰かは不確実になります。

 そこでイトトンボを含むトンボ類のオスは、交尾する前に、メスの体内に誰かの精子があれば外にかき出して取り除いたり、逆に袋の奥に押し込んで受精しやすい手前の位置を自分の精子で満たしたりします。オスの交尾器にはそのための突起や剛毛がついています。

 これで、オスは一安心かというとさにあらず。誰が父親になるかメスが影響を及ぼすことができる種類がいるからです。かき出すといっても、体内を完全にきれいにすることは難しく、精子は袋の奥に残ります。メスはこれを逆手に取って交尾後に産卵をしばし控えることで、残った精子が新しい精子と混ざって手前に来るのを待つことができます。

 誰かの精子をかき出せるということは、自分の精子もかき出される可能性があるということです(だからといってやらない道はありません。もし自分だけかき出しをしなければ1人だけ損をします)。トンボ類のオスが、自分が父親だと間違いなく確信するのは難しそうです。

 私はといえば、戸惑いながら小さな息子の世話を始め、2週間ほど続けているうちに、ちゃんと実感が湧いてきたものでした。トンボも子育てをすれば、他の道が開かれたかもしれなかったのですが。(京都女子大教授)

◆中田兼介 なかた・けんすけ 1967年大阪府生まれ。京都大大学院で博士号取得。著書に「クモのイト」「びっくり!おどろき!動物まるごと大図鑑」など。「図解 なんかへんな生きもの」を監修。