かつて所属した考古学研究会の前で笑顔を見せる吉野彰さん(2018年9月、京都市左京区・京都大)

かつて所属した考古学研究会の前で笑顔を見せる吉野彰さん(2018年9月、京都市左京区・京都大)

 吉野彰さんの研究の源流は、日本で初めてノーベル化学賞を受賞した京都大名誉教授の故福井謙一さんにある。京都大工学部を選んだのは、量子化学という新しい学問領域の研究者として受賞前から高名だった福井さんに憧れたからだ。
 直接、福井さんの教室に入った訳ではなかったが、講義を受けた。「温厚な人柄の中にも学問への厳しさがありました」と吉野さんは振り返る。量子化学という新たな学問に憧れていたが、福井さんからは逆に古典的な化学を理解する大切さをたたき込まれたという。
 勉学に励む一方、考古学研究会にも所属した。京都市西京区の樫原廃寺跡の発掘調査に関わったことがいい思い出だという。「宝探しみたいな感覚は、化学の研究とも通じるかもしれませんね」
 大学院で修士課程修了後、現在の旭化成に入社。「研究を製品に結び付けて世の中に出したかった」からだ。吉野さんが会社員生活を始めた1970年代の日本は高度成長からの移行を模索する時期だった。「社内に新しいことに挑戦しようとする機運があった」と振り返る。試行錯誤の末、リチウムイオン電池という革新的な製品開発に結び付けた。