介護現場の不安は、ひとまず取り除かれたのではないか。

 長野県内の特別養護老人ホームで入居中の女性=当時(85)=がおやつのドーナツを食べた後に死亡した事故の控訴審判決である。

 東京高裁は、おやつの形態が固形からゼリー状に変更されていたことを確認せずにドーナツを配膳したとして業務上過失致死罪で罰金刑となった女性准看護師への一審長野地裁松本支部判決を破棄し、逆転無罪を言い渡した。

 施設内での死亡事故で職員個人の刑事責任が問われた異例の裁判だった。故意でない過失で刑事訴追されたことに、介護現場からは懸念の声があがっていた。

 控訴審判決は被告や被害者の状況を詳細に検討し、准看護師が窒息死を予見できた可能性を否定した。介護の実情をふまえた判断だと理解できる。

 高裁は▽准看護師が提供したドーナツは通常の食品で、窒息する危険性は低い▽おやつの形態変更は介護士チーム内での引き継ぎ事項で、准看護師に確認義務はなかった▽准看護師はたまたま配膳を手伝っていた-などと認定した。

 身体機能が低下した高齢者の介護には、思わぬ危険性がつきまとう。今回のケースは、刑事責任まで問わねばならない事案だったのだろうか。

 控訴審で無罪判決は出たが、一審で有罪となったことは各地の介護現場に動揺を与えた。

 おやつを控えたり、正月の餅など行事食の提供をやめたりする動きが広がるなど、リスクを避ける傾向が強まったという。

 准看護師の無罪を求める署名が延べ73万筆も集まったのは、介護関係者の不安の大きさを物語る。

 個別の対応が必要な高齢者の受け入れに消極的になる施設が増える懸念もあった。

 事故の回避を優先するあまり、必要なサービスが後退するなら本末転倒である。介護の取り組みを萎縮させてはなるまい。

 ただ、人が亡くなっているという事実は重い。原因を突き止め、再発防止策を講じるのは施設を預かる側の責任だ。

 一方で、介護現場は慢性的な人手不足に陥っている。従事者の賃金は仕事の重さの割に低く、60歳以上が全体の2割を占めているとの調査結果もある。入所者にどこまで寄り添えているか苦悩の声があるのも現実だ。

 こうした構造を改善し、入所者の安全にしっかりと取り組める環境づくりが欠かせない。