安全性や妥当性を欠く科学者の暴走というほかない。

 中国広東省の調査チームは、地元の南方科技大の副教授が人の受精卵にゲノム編集技術を使って双子の女児を誕生させたと認定した。別の1人も妊娠中であることを明らかにし、副教授ら関係者を厳正に処罰するという。

 遺伝情報を書き換えられた人の誕生が確認されたのは世界で初めてだ。受精卵は「生命の萌芽(ほうが)」として尊重されるべきで、改変すれば生まれてくる子だけでなく、子孫への悪影響もあり得る。倫理面で重大な問題があり、医療への信頼を揺るがす深刻な事態といえる。

 中国では近年、世界に先駆けて人の受精卵を操作する基礎研究などゲノム編集の応用が進んでいる。だが出産を目的とした臨床応用は禁じられていた。

 ところが副教授は昨年11月、国際会議で双子誕生を報告。「エイズウイルス(HIV)感染を防ぐためだった」と説明したものの真偽は不明だった。

 国営新華社通信が伝えた調査チームの報告によると、副教授は海外の研究者を含む私的な研究チームを組織して一昨年3月以降、7組のカップルの受精卵を操作し、うち2人を妊娠させた。動機は「個人の名誉と利益」と断じた。副教授らは倫理審査の書類も偽造していたというから、極めて悪質だ。

 報告は「初期の調査結果」にすぎない。どのように双子誕生を確認したかは不明で、誕生までの経緯や科学的データも公表されていない。真相解明には程遠い。そもそも調査チームは中国当局が関与しているとみられるものの、メンバー構成や調査の進め方などが不透明であり、責任ある検証とはいいにくい。

 生まれた女児や妊娠中の女性に対して、広東省は国の指導の下、医学的観察などを続けるようだ。意図せず他の遺伝子改変が起きている恐れもあり、将来にわたり定期的に異常の有無を確認するとともに、心理面のケアが欠かせない。偏見や差別が生じかねず、子どもらのプライバシーにも留意してほしい。

 ゲノム編集は病気の治療や農水産物の品種改良への応用が期待されている。精度は高まったが完璧ではない。親が望む容姿や能力を持つ「デザイナーベビー」誕生の懸念も拭えない。

 まだ遺伝子操作した子を誕生させる研究は認める段階にないというのが国際的な合意だ。

 日本には受精卵の遺伝子改変を禁じる法律はなく、一線を越える研究や臨床化に対する歯止めは十分でない。国は今春から研究者向けの指針で、基礎研究に限り受精卵のゲノム編集を認めるが、改変した受精卵を子宮に戻すことは禁止する。

 しかし、ゲノム編集は比較的容易に扱え、民間医療機関などで安易に臨床応用されかねない。光と影を併せ持つ新技術の乱用を避けるためにも罰則のある法律でしっかり規制すべきでないか。

 世界保健機関(WHO)はゲノム編集を巡る科学や倫理、社会、法的な問題点を検討する専門家による作業部会を設置する意向だ。日本も検討作業に積極的に参画して国際的なルール作りを急ぐ必要がある。