おととい死去した台湾の李登輝元総統は戦前、京都帝国大(現京都大)で学んだ。宮本武蔵で有名な一乗寺下り松(京都市左京区)など名所旧跡をよく歩いた-と17年前の本紙の取材に語っている▼日本統治下の台湾に生まれ、22歳まで日本人として教育を受けた。流ちょうな日本語を話し、武士道に代表される日本特有の精神を尊重した。台湾の産業を発展させた統治時代にも特別な思いを持っていた▼母語は台湾語で次に得意なのが日本語、現在の台湾の共通語である中国語は成人後に学んだという。その順番は、本省人(台湾出身者)で親日家、民主化を進めて中国政府に警戒され続けてきた人生を象徴するかのようだ▼日台間に国交はない。総統退任後に9回来日したが、その都度、日中間がぎくしゃくした。ビザ発給を巡って日本政府内が対立したこともあった▼訪日は、ただの旅ではなかったはずだ。京都で帝大時代の恩師と再会し、東北に「奥の細道」を訪ね、戦死した兄が祭られている靖国神社を訪れた。日本との親密さが中国へのけん制になることは計算に入れていただろう▼一方で、統治下では「日本人と台湾人の間に差別があった」とも語っている。時代の波をくぐり抜けてきた政治家の「親日」も、背景は単純でないことを心に留めたい。