7月27日 スイカの日
 スイカ丸ごとの手土産なんていかが? 風呂敷に包んで、どうぞ。大きいほど「わあ」の反応も大きい。昔は井戸で、今は冷蔵庫で冷やす。切ってからの冷蔵は残念だけれど、存在感は昔も今も夏休みの王様です。全員で分けられるところがいい。少人数でも大勢でも平等が原則。「みんな あつまれ あつまれ そしてぐるりと 輪を描(か)け いま 真二(まっぷた)つになる西瓜(すいか)だ」(山村暮鳥「西瓜の詩」)。本日はスイカの日だそうですよ。

7月28日 終業式の帰り道
 夏休みを迎える終業式の日、先生や友達にしばしの別れを告げてたどる緑の家路、輝く青空を大人になった今も忘れません。重いかばんの中身はたっぷりの宿題にほかならないのですが、1カ月以上もの時間を前に、恐るるに足らず。今年はコロナ禍や天災で変則的な夏休みとなりそうですが、どうか子どもたちには少しでもすてきな思い出をと願います。「自転車のサドルを高く上げるのが夏をむかえる準備のすべて」(穂村弘)

7月29日 昆虫採集
 子どもにも標本が作れる「昆虫採集セット」というのが昔はありました。鋭い針つきの注射器、赤の殺虫液や緑の防腐剤など危険で怪しいグッズが中に。今では考えられません。昆虫の主力はセミでした。梅雨明けはニイニイゼミ。やがてアブラゼミへ。「大地いましづかに揺れよ油蝉(あぶらぜみ)」(富沢赤黄男)。虫取り子どものそわそわの夏が始まる。気のせいかな、京都はクマゼミ、多い? 関西の市街地はミンミンゼミ、少ないですね。

7月30日 われはうみのこ
 滋賀県生まれの私は長いこと琵琶湖を海だと思っていました。大人が当たり前に「うみ」と呼ぶもので。毎夏休みに水泳場に行きました。あの頃の湖水は透明に澄み、たくさんのシジミや、アユ、モロコが見られました。大きくなって初めて海に入った時、そのしょっぱさ、におい、浮力に驚いたものです。私は川や湖、淡水で育った少年。いまだに海のことをよく知らない気がします。われ~はうみのこ さす~らいの♪

7月31日 志村、うしろ!
 昔の夏はお化け、幽霊、怪異ネタがとても多かった。肝だめしもあったし、子ども雑誌では当然のごとく地獄絵図、幽霊船、落ち武者、妖怪をおどろおどろしく紹介、少年少女をびびらせました。「8時だョ!全員集合」の「志村、うしろ!」もそれ。背後にお化けが立つと観客席の子どもが一斉に叫ぶ。先日古い録画を息子に見せたら、やっぱり「うしろ!!と大興奮。子どものハートを見事にキャッチ。志村けんの魂、永遠なれ。

8月1日 ラジオ体操
 ラジオ体操は夏休みのハードルの一つでした。朝6時台、寝ぼけまなこで首から出席カードをぶら下げて(私の頃は明治パイゲンCなどの元気な広告付き)、イチニサンの動的ストレッチ。放送開始は古く1928年。国歌以上にあのメロディーや「新しい朝が来た♪」という明るすぎる歌を聞いた気がします。鴨川河川敷でも朝の集まりが通年あり、先日もうちのご近所のおばさまが「汗ズクズク!」と笑顔で帰って来られました。

8月2日 夏休みの学校
 部活動、プール、図書館利用など何かの用事で立ち寄る夏休みの校舎は猛暑でもひんやりとしていました。建物に寄り添うクスノキやイチョウの大樹のおかげか。子どもが発する熱気がないせいか。教室に入れば机や椅子、みんなのにおいはあっても、音も風もない。今は親として立ち寄る校舎。昔の日々と同じ子どものにおいがして、やはり胸がしんとする不思議の空間です。「黒板にわが文字のこす夏休み」(福永耕二)

 

~夏休み、始まる~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 先日夕方、小2の息子とサッカー教室からの帰り道にコクワガタを発見しました。4センチ弱。道端にじっとして全然動きません。

 「生きてるかな。触ってみたら?」と言うと、息子は右手の(なぜか)中指をクワガタの大あごの間に差し込む。あ、それは…と止める間もなくギチッ。「痛い痛い痛い!」

 生きてました。息子は片手だけでは剝がすことができず、挟まれたまま、その場でぴょんぴょんジャンプ。そんなことでは離れてくれません。「痛い?」「痛いよ! 早く取ってよ」。ちょっと半泣き。「水につけたらすぐ放すんだけどなあ」「水、ないし」。父は笑いながら、(たぶん)怒っているクワガタの大あごをゆっくり広げて、ぽいっ。

 昆虫に痛い目に遭わされたのは初めて。ショックだったらしく、帰途しばらく黙していましたが、数分後急に面を上げて、「いい経験になったよ」と強がりました。

 おお、いい経験。そうです。この世にやって来てたかだか7年という少年には、日々が経験の積み重ね。毎日毎時間何かを学んでいるところです。この間は慣れ始めた自転車で転んで大きな擦り傷。下り坂のブレーキは後輪でってことを学んだ。箸で皿ごと動かすと母と姉が同時に怒ることも昨夜学んだ。テレビの戦隊物の悪者からは「お見舞いする」という言葉にはやっつける意味もあることも学びました(父さん、あの人なんで病院に行くの? と聞いてきたのです)。

 単身赴任を終えて京都に戻った私はほとんど子どもと一緒にいるので、まるで自分も少年時代の復習をしているような新鮮な気分になる。そしてかく言う自分も今なお修行中の身であるのだなあとも(例えば毎日の1面連載なんかも新体験です)。また新しい夏休み。子にも親にもいい事が起こりますように。

 ところで指を挟まれた息子、家に着くや、「あ」と叫んだ。「さっきのクワガタは?」「逃がしたよ」「えー!!」。欲しかったもよう。痛さのため入手を失念していたのです。

 彼はその後同じ道を通るたびきょろきょろ。「待ってたら飛んで来る?」って甘い。童謡「待ちぼうけ」のおっさんか。息子よ、クワガタは昼の道にはいない。ま、それも経験かな。(編集者)

 ◇

澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター