「小菅のジープ」 1945(昭和20)年ごろ

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 今年開館30年を迎えた大津市歴史博物館(同市御陵町)は、設立の素地に市史編纂(へんさん)事業がある。1911年刊行の「大津市志」から76~87年にわたって行った「新修大津市史」までの計4回。地域史の掘り起こしに力を入れてきた。

 「大津の歴史は深い」と副館長の木津勝さんは話す。「1人の研究者が一つの寺院を調査すれば、その人の研究人生はそこで終わってしまうほど」。しかも、本尊や指定文化財だけでなく、周辺にも見るべきものがふんだんにあるという。

 昨年の「法明院」展では、三井寺北端にあって美術史家フェノロサにもゆかりの深い山内寺院、法明院を調査した。「展覧会は経過報告。まだ全てを調査できたわけではない」という。三井寺ほど古くから知られた寺院でさえ、新たな発見、発掘の可能性があるのだ。

 歴史の深さは寺院だけではない。博物館には年間を通じて市民から「蔵を毀(こぼ)ちます」と連絡が入る。代々伝わる古い美術品や道具を処分する前に、博物館に見てもらいたいとの希望だ。託された資料全てを収蔵できるわけではないが、受け入れ先を探すなど活用の道を考える。

 近現代の庶民生活史を伝える上でも、地域に博物館がある意義は大きい。木津さんは過去に「大津の鉄道百科展」など鉄道の展覧会を手がけてきた。鉄道は市民の暮らしを伝える手がかりになるが、鉄道会社に資料が残っていないこともある。当時を知る人を訪ね、電車に関する知識や走っていた風景を詳しく聞き取り、その面白さを展示で伝えた。来場者の中には、孫に「この電車が走ってた時にはな」と語る人もあり、生きた歴史が受け継がれるのを感じた。

「京津電車御案内」吉田初三郎画 大正時代(部分)

 「戦後第1号のブリキのおもちゃは大津で作られた小菅のジープ」という玩具に関する歴史を調べたこともある。市民に情報提供を呼び掛けると「(作り手の)小菅松蔵さんから直接頂いた」と実物を持ってきてくれた人がいて、裏付けられた。

 大津市は都市化で人口流入が続くが、開館以来続く「れきはく講座」でも、新たに移り住んだ市民の関心の高さを感じる。「道ばたの石碑一つから興味は深まる。その興味を受け止めたい」と木津さんは話す。

 

 大津市歴史博物館 新たに収蔵した「京津電車御案内」(吉田初三郎画)は、大正時代の大津~京都間を生き生きと表現した観光パンフレット。コロナ禍による休館中、木津さんは館ホームページでその「絵解き」を行い、自身が資料を読み込むときの楽しさを伝えた。感染予防対策への課題は多いが、発信方法を考えるきっかけになったともとらえている。大津市御陵町。077(521)2100。