国立国会図書館へ通い、満州関連の資料を丹念に読んだ。知らなかったことが書かれていた。満州は日本の傀儡(かいらい)国家で、中国の人たちの土地に土足で踏み込んだこと。引き揚げの際に多くの孤児が残されたこと。自分が生まれた撫順で中国人が大量虐殺され、敗戦後には多くの日本人が難民収容所で亡くなったこと…。

 「ショックでした。何も知りませんでした。大変な思いをした人に申し訳ないと思い、長年、満州について書くことはできませんでした」

 絵本「あるひあるとき」は、26年前に書いたエッセーが物語の基になった。あまんさんは高等女学校のころ、日本から戻った父からお土産でこけしの人形をもらった。ハッコちゃんと名づけて大事にしていたが、引き揚げ時に手放さざるを得なかった。そんなエッセーを読んだ編集者が「この話を絵本に」と提案したが、あまんさんは書いたり消したりし、完成することができなかったという。

 昨年春、「自分自身の場所にこだわっているのではないか」との編集者の言葉が背中を押した。「当時の私にこだわっていました。物語を5歳ぐらいの幼い子どもと考えたとき、すっと書けました」

 ただ、心の中の「重さ」は消えないままだという。

 「戦後に一度、大連に行きました。星ケ浦という避暑地も訪ね、『ここは中国の人は入れなかった場所です』と説明されました。中国の人が水着を着て海を楽しんでいる姿を見ながら、私が子どものころに星ケ浦で笑って楽しんでかわいがられていた一方で、悲しい思いをした人がいる、と思いました」

 「子どもだから『罪がない』とは言えないと思います。知らないから無邪気で人を傷つける。だから、戦前に戻らないでほしい。人間の英知をもって戦後を続けてほしい」