「親に連れられて来ただけなのに、 なぜ、惨めな思いに」中国残留日本人の奥山イク子さん(京都市伏見区)

    中国残留日本人の奥山さんは一家で山形から満州へ渡り、開拓団に入植。終戦間際、ソ連軍や中国人に襲撃され、奥山さんがいた開拓団は約4割が死亡。難民収容所は発疹チフスが猛威を振るった。12歳の奥山さんは中国人男性に預けられ異国の地で置き去りに。2度身売りされ「鬼子」とののしられた。「満州で日本人が何をしたのか後から知った。どう答えればよかったのか分からなかった」。2015年、82歳の時に本紙取材に語った。