8月3日 はもの日
 この季節、京都の鮮魚売り場にはずらりとハモが並ぶ。東京では探さないと見つからないのでびっくり、うれしくなることの一つです。梅雨の雨を飲んでうまくなると言われる肉厚、純白の身は、新しい夏の到来を教えてくれる。ざくざくと規則正しい骨切りの音の涼やかなこと! 海から遠い美食の街・京都で、腕の確かな料理人たちが磨いた料理です。「鱧(はも)の骨切り手並のほどを見とどけぬ」(鈴木真砂女)。今日は「はもの日」。

8月4日 クラフトビール
 クラフトビールが面白い。小さな醸造所が手作り感覚で作る少量生産のビール。日本にも定着してきました。土地や作り手によって、個性的な味わいが生まれ、グラス1杯の「うまい!」の向こうに創意、工夫、研さんがうかがえます。京都府内でも与謝野町の生産者組合で、ビールの苦みや香りの元となるホップの生産が数年前から開始され、与謝野ホップとして人気に。今日は「ビヤホールの日」だそうですよ。猛暑に乾杯!

8月5日 夏山へ
 夏が来れば思い出すのは、学生時代に登った山々。槍ケ岳、白馬岳、甲斐駒ケ岳、北岳…。特に日本アルプスの登山は名状し難い刻印を胸に残しました。40年ほど昔のことです。当時の装備はどれも重く不便で、風雨、寒さにも弱かったもの。苦しいが、楽しかった。30キロをかついで3千メートル級を縦走するなんて、今はもう無理かな。でも夏が来るたび山に呼ばれている気がするのです。「夏山に魂を置き忘れけり」(野見山朱鳥)

8月6日 原爆忌
 私の母は呉服商の親の仕事で広島市、後の原爆ドーム近くに育つ。空襲を恐れた親の決断で、生まれ故郷の滋賀県に疎開したのが16歳のときの1945年6月。2カ月後に原爆が落ち、育った町と多くの友人・知人を失いました。少女時代の記憶は色濃く残り、子どもにも伝え続けた。私には未知の土地ですが、母が幸福だった頃、青春の光景が目に浮かぶ。だから本日は特別な日。「原爆忌子の眸(め)をしかと見て話す」(服部幸)

8月7日 立秋
 今日が立秋なんて聞くと、みんなが「え!?」と言います。まだ宿題に手をつけてないのに。まだハモ食べてないのに。まだ○○してへん、と私も毎年8月の今頃驚く始末。細かな解釈は天文学や二十四節気が生まれた中国の気象学に譲るとして、手持ちの歳時記をひもとけば「来(きた)るべき季節を待つこころがこめられた季語」とある。前向きの解釈ですね。小さい秋、探してみよう。「今朝の秋おのづと正座してゐたり」(能村登四郎)

8月8日 帽子かぶりな
 友人がひと夏子どもに言い続けているセリフが「帽子かぶりな」だそう。なるほど私も出がけの息子によく言っています。しかし全然かぶらないな。かぶってもなくすし。先日は実家で老母が私に「帽子かぶりや」と言いましたよ。私もかぶらなかった。親が子に言う、夏の定番センテンスなのでしょうね。
 「ははそはの母の話にまじる蝉(せみ) 帽子のゴムをかむのはおよし」(東直子)。懐かしい味覚のある、夏の短歌です。

8月9日 八月の狂詩曲
 真白き入道雲のカットから始まる映画「八月の狂詩曲(ラプソディー)」は黒澤明作品。「野良犬」「天国と地獄」など、炎暑の夏を活写した名匠がここで描く8月は、涼しげで静かなのが印象的です。被爆地長崎が舞台。「多くにとって原爆は遠い昔の出来事。どんな恐ろしい出来事も年とともに忘れられてゆく」。少女の言葉がしみる。怒り、悲しみ、恐怖も笑いもある本作の公開はもう30年近く前。今日は長崎原爆忌。

 

~道は何度ものぼりくだり~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 東京の大学に通い始めた1976年、18歳の夏、新しい級友と共に八ケ岳を縦走しました。初めての本格登山です。主峰・赤岳の頂上2899メートルの何という爽快感。はるかな日本アルプスの何という雄大な山容。

 それから10年ほど毎夏、長野や山梨の3千メートル級の山行にいそしんでいたなんて、今の鈍重、非力なぼくを知っている人は誰も信用してくれないでしょうし、自分でも意外です。当時だって山男というよりは、“シティーライフ”に憧れる田舎出の青年だったわけで。

 ただあの年、緊張のフランス語の授業前期が終わり、梅雨の明けた8月の開放的な光を浴び、心が自然と信州・甲州方面へと飛んだのでした。そのベースには高校の頃から好きだった堀辰雄や立原道造ら四季派の文学作品や、北杜夫の山岳エッセーなどからのいざないがあったのだと、振り返って思います。

 「道は何度ものぼりくだり その果ての落葉松(からまつ)の林には 青く山脈が透いてゐる 僕はひとりで歩いたか さうぢゃない あの山脈の向(むこ)うの雲を 小さな雲を指さした」(立原道造「村ぐらし」)

 時間はあるけどお金はない。新宿駅構内の「アルプス広場」に夕方陣取り、夜行列車で早朝に現地着というのが毎度のプラン。

 一番のお気に入りは山梨の甲斐駒ケ岳で、日本三大急登とも言われる黒戸尾根コースを3度経験したものです。体力、あった。

 静かで清澄な緑の空気の中、もくもくと、ぜいぜいと一歩ずつ登る。いつもは冗舌なぼくや仲間たちですが、この時だけは自分とだけ向かい合う珍しい時間でした。

 山小屋にいる時は、四季派は消え、替わりに「娘さんよく聞けよ 山男にゃ惚(ほ)れるなよ♪」なんて古い歌謡なんかをつい口ずさんでしまう昔気質(かたぎ)、男子の自分が鎌首をもたげたり。一方で、「カリマー」ブランドの紫色のザック「ハストンアルピニステ」を買い込んだり、ザイル、ハーケン、アイゼン、カラビナ、シュラフ…なぜかドイツ語が多い登山用語は格好いいなあと、使わない物も買いそろえたりする、やっぱりシティー派というか実にチャラいぼくもいて。そんな分裂気味の在り方は今も全然変わらないなあ、とわれながらつくづく思います。(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター