満州からの引き揚げ体験を話す黒田さん(亀岡市余部町・ガレリアかめおか)

満州からの引き揚げ体験を話す黒田さん(亀岡市余部町・ガレリアかめおか)

 戦前に満蒙開拓団として京都から満州に渡り、母親と死に別れながらも日本に引き揚げた黒田雅夫さん(83)=京都府亀岡市=の講演会がこのほど、市内のガレリアかめおかで開かれた。記憶をたどり当時の様子を描いた絵40点も会場に展示し、厳しい体験を紹介した。

 黒田さんは8歳だった1944年6月、京都市が編成した廟嶺(びょうれい)京都開拓団として、両親と弟の家族4人で満州に渡った。ソ連侵攻や敗戦を受け、300キロの道のりを徒歩や列車で逃げて収容所に入るが、祖父や母と死別。キリスト教のシスターに救われ、46年7月、舞鶴港に戻った。

 講演で黒田さんは、母が亡くなる前日にかやくご飯を作ってくれたことや、母の遺体を収容所外の死体置き場に運んだことを絵を交えながら話し「遺体の顔は見なかった。絶対生きると心に決めた」と当時の思いを説明。同時に「母の足首を持つと、私の親指と人さし指がくっつくくらいやせ細っていた。死体置き場に母の遺体を置くと、凍った遺体同士、カチンと音がした」と、記憶に刻まれた情景を話した。

 時折涙で声を詰まらせながら体験を語った後、黒田さんは「講演を聴き、今の幸せを感じてくれればうれしい」と呼び掛けていた。