新型コロナウイルスの感染拡大でマスク不足が深刻化した時、医療機関などは滅菌処理をしながら使い回しを余儀なくされた。本来、使い捨てだが、モノがない以上、やむをえない対応だった▼使い回しもいろいろあり、許容、推奨されるものとそうでないものがある。では安倍晋三首相が広島と長崎の両被爆地で開かれた平和式典で、酷似したあいさつ文を読み上げた問題はどうか▼地名や一部の文を除いて段落数や構成、表現が同じ、結びの言葉も完全に一致していた。使い回しと言われても仕方のない中身だ。被爆者からは「ばかにしている」と怒りの声が上がったという▼菅義偉官房長官はきのうの会見で「どうしても似た内容になる」と釈明した。「思いは同じ」とでも言いたかったのだろうが、コピペ(文章の切り貼り)のようなスピーチが被爆者にどう響くか全く考えなかったのだろうか▼首相は以前にも双方の式典で前年とそっくりなあいさつをし、批判された。同じことを繰り返すのは、反省がないか、そもそも被爆地への関心が薄いためとしか思えない▼両市は今年も時間をかけ、市民の声を生かした平和宣言を起草した。それに恥じない自身の言葉を紡ぐのが「唯一の被爆国」としての首相の役割だろう。言葉を軽んずれば政治は劣化する。