武村正義氏

武村正義氏

 ◇平成は、8党派連立の細川護熙政権と民主党政権(鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦首相)の2度、非自民政権が誕生しましたが、短命でした。

 「非自民勢力は社会主義を卒業し、かなり幅広い政治主張をするようにはなったが、国民が魅力を感じないまま民主党政権が終わったのは未熟さ、経験不足が露呈したから。(高校無償化など)多くの無料化を公約して300議席以上を得たが、財政の基本が分かっておらず、ボロが出た。沖縄の米軍普天間飛行場を巡る発言や官僚の役割を否定した『政治主導』など、鳩山首相の発言も幼かった」

 ◇武村さんが官房長官を務めた細川政権は、安全保障、憲法、外交では自民党政権から路線を大きく変えませんでした。

 「細川首相も私も地方で知事を経験し、政治の基礎はそこで身につけていたのかもしれない。財政の裏付けがない政策は掲げなかったし、極端な理想にも走らない現実主義者だった。欧米では政権交代しても、外交や安全保障の基本は簡単には変えない。国の成り立ちを根本的に変えようとは考えもしなかったし、『国民はそこまで期待していない』とも思っていた」

 ◇細川政権は小選挙区比例代表並立制の導入など、政治改革で一定の成果を挙げたものの9カ月足らずで幕を閉じました。

 「細川政権はリクルート事件から始まった(金権腐敗を批判する)国民的議論の中で生まれたので、政治改革に集中して取り組み、壁を突破した。ただ、政治改革の後は何をやるかが政権内で共有されずに時が過ぎ、細川首相が『もうやめた』と個人的感情で辞意を表明してしまった。ポスト政治改革をきちんと議論しておけば違う結果になったかもしれない」

 ◇武村さんたちが立ち上げた「新党さきがけ」は「小さくともキラリと光る国」「質実国家」を掲げ、地球環境保護も政治理念に盛り込んでいました。今の野党は自公政権に対し、明確な対立軸を打ち出せていないように見えます。

 「自民党という巨大政党は『鵺(ぬえ)』みたいなもの。いろいろな側面があり、つかみどころがない。野党がいわゆる社会民主主義的な政策、弱者を擁護する姿勢を強調するのは一つの手だが、自民はその政策にすぐに乗ってきたり、それ以上のことを公約したりする。変幻自在なところがあって、それで生き延びてきた。だから、自民との違いを鮮明にするのは簡単ではない。無料化や国民負担を軽減する政策に自民は財政(の持続性)の立場から抵抗すべきなのに、しない。結果、国の借金が返せないほど膨らむという日本特有の政治現象が起きている」