住んでいる部屋のすぐそばにバス停がある。それに乗れば大きな駅まで連れて行ってもらえるし、逆方向に乗れば普段使わない中央線の駅まで行くことができる。どちらももちろん自転車で行くことができるのだけど、月に一度か二度くらいの頻度で無性にバスに乗りたくなることがある。

 高校を卒業するまで暮らしていた石川県の街でも、9年暮らした京都の街でもバスに乗ることはほとんどなかった。暮らしの風景の中のバスは乗るものではなくて、街を走っているものだった。たまに『ゴーストワールド』という映画や、シャムキャッツの『GIRL AT THE BUS STOP』という曲なんかを思い出してはバスっていいなーと思うくらいのもので、実際に乗ってみようかな、とはならなかった。

 狭くて車が多くて、のろのろと進むバスは僕が憧れるバスとはちょっと違うのだった。引っ越してきたこの街は大きな川のそばののどかな街でバスの窓がよく似合う。車も少ないし、バス停も少ないのだけど、なぜか終点までにはそれなりの時間がかかる。でもそれがいいのだ。リュックから取り出した文庫本を読んだり、窓の外を眺めてみたり、特別なことじゃなくても、バスにはバスにしかない時間が流れていて、それはなんだかスローで心地よい。