速やかな被害救済こそ求められているはずではないか。

 広島市への原爆投下直後に降った放射性物質を含んだ「黒い雨」を巡り、国の援護対象区域外にいた原告84人全員を被爆者と認めた広島地裁判決について、被告の広島県と広島市、訴訟に参加する国が控訴した。

 さらに裁判が長引く見通しとなり、高齢の原告らから落胆や憤りの声が相次いだ。

 被爆から75年。「最後の望み」とした提訴から5年がたち、当初の原告88人のうち16人が判決前に亡くなった。救済を待ちわびる思いに応えない控訴は、行政側の非情な判断といわざるをえない。

 控訴理由について、加藤勝信厚生労働相は「十分な科学的知見に基づいたとは言えない判決だ」と述べた。一方、国として援護対象区域について「拡大も視野に入れ検証する」とし、専門家を含めた組織を立ち上げる方針を示した。

 40年以上前に指定され、地元が訴えてきた援護対象区域の拡大が検討課題にあがることになる。

 ただ、原告らに残された時間は少ない。厚労省はスピード感を持って検証するとしたが、具体的内容は不透明だ。援護対象の拡大につながるかは予断を許さない。

 県と市は、被爆者健康手帳の交付事務を担うため被告の立場だが、以前から対象拡大を求めており、国に控訴断念を要望してきた。だが、区域拡大も視野に検討するとの国の回答を得て、最終的に控訴を受け入れたという。

 原告のほか、同様に対象外とされて苦しむ住民を救済するためには、援護事業の主体である国の政治判断を求めざるをえない複雑な立場を浮き彫りにしていよう。

 黒い雨被害を巡る初の司法判断だった地裁判決は、原爆投下直後の調査に基づいて国が線引きした援護対象区域の妥当性を否定。被害の認定は原告の証言の信用性などを個別に検討すべきだとした。

 国が受け入れず、控訴審でも認定の要件に厳格な「科学的根拠」を主張し続けるなら、区域見直しの議論も制約されかねない。そもそも約10年前、県と市が独自調査を基に区域拡大を求めた際、国は有識者検討会を経て「降雨域の特定は困難」とし、自ら線引きの正当性を否定している。

 援護事業に一定の条件は不可欠だが、科学的根拠に固執して必要な支援が漏れては本末転倒だ。実態が分からずとも放射線被害に苦しむ人々を救うという被爆者援護法の理念に戻り、新たな立法措置を含めて救済を急ぐべきだ。