遺族を代表して献花をする京都府代表の女性(中央)と滋賀県代表の男性(右)(2020年8月15日、東京・日本武道館)

遺族を代表して献花をする京都府代表の女性(中央)と滋賀県代表の男性(右)(2020年8月15日、東京・日本武道館)

 東京・日本武道館で15日に開かれた全国戦没者追悼式は、新型コロナウイルスの影響で様変わりした。天皇陛下はマスク姿でお言葉を述べられ、会場も規模縮小で空席が目立った。コロナ禍に見舞われた戦後75年の節目の夏。「二度と戦争は繰り返さない」。京都、滋賀からは過去最少となる12人の遺族が参列し、静かに平安の祈りをささげた。

 例年は京都府から約150人、滋賀県から約50人が参列しているが、今年は国の方針で募集段階からそれぞれ20人に絞られた。さらに感染リスクの懸念などから辞退者が相次ぎ、最終的に京都7人、滋賀5人の大幅減となった。両府県によると、いずれも40~80代で、追悼式が始まった1963年以降最少とみられる。

 府代表として献花した八幡市の女性(76)は念願の追悼式に初めて臨んだ。父は中国の激戦地で客死。父の面影はなく、遺影の中で優しくほほえむ顔しか知らない。母は童謡「里の秋」をよく口ずさんだ。歌詞には父の復員を待つ母子が登場する。「自分の生活を映しているようで好きだったのかも」。だが、その母も約10年前に鬼籍に入った。

 出征時、父は「娘を立派に育てて」と新妻に託した。女性は「幸せに暮らせています。今の平和をありがとう」。追悼式でそう父に伝えた。コロナの時代に国民の連帯を強調された天皇陛下のお言葉が心に残った。「今の繁栄は戦没者をはじめ国民が手を携えてきたから。そのことを若い人にも知ってほしい」。

 県代表を務めた彦根市の男性(82)は約30年ぶりに参加した。工兵だった父はビルマ(現ミャンマー)で体調を崩し、終戦1カ月前に息絶えた。自身は5年前に胃がんを患い、病床で「おやじもこんな思いで亡くなったのか」と思いを募らせたという。この日は花を手向け、「追悼式は特別。短い時間やけど、おやじと出会えた感じがする」と感慨に浸った。

 戦後75年。遺族の高齢化は一段と進み、先の大戦が後景に退きつつある。男性は「戦争遺児はわしらの世代だけで十分」とする一方、「伝えないかんけど、伝えるとこまでいかん。孫の世代には通用せえへん」。体験を語り継ぐ難しさも感じている。

 今回やむなく欠席した遺族たちは古里で不戦を誓った。夫を失った近江八幡市の女性(102)は全国最高齢の参列者となるはずだったが取りやめ、テレビで見守った。長男(78)によると、女性は「悲惨な戦争の記憶が消えていく中、戦没者の妻を代表し、自分の小さな声を届けていきたい」と意欲を見せ、米中関係の悪化には「第3次大戦だけは起こさないでほしい」と憂慮しているという。長男は「余命いくばくもないおふくろにはまたとない機会だったが…」と思いやった。