林優里さんがベッド脇に貼っていた意思確認書

林優里さんがベッド脇に貼っていた意思確認書

林優里さんの在宅ケア状況

林優里さんの在宅ケア状況

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性に対する嘱託殺人罪で医師2人が起訴された事件で、女性がALS発症後の一時期、救命措置として人工呼吸器を付けることに同意していたことが17日、介護関係者への取材で分かった。ALSは進行すると自発呼吸が困難になるが、人工呼吸器を装着すれば長く生きられる。女性はその後、人工呼吸器の装着拒否に転じたが、緊急時の呼吸処置については拒んでおらず、生への思いの揺れがうかがえる。

 複数の在宅ケア関係者によると、事件で亡くなった京都市中京区の林優里(ゆり)さん=当時(51)=は2011年6月にALSを発症し、翌年2月に京都市内の大学病院で診断を受けた。初期は病状の進行が早く、手足がまひし、食べ物を飲み込むことが困難になった。13年4月に胃に栄養を直接送る胃ろうの造設手術を受け、14年以降は進行が緩やかになったという。

 ALS患者として全国でも数少ない独居生活を始めたのは13年5月。ヘルパーが長時間寄り添う障害福祉サービス「重度訪問介護」を利用し、多い時で1時間に数回のたん吸引など、医療的ケアを含む見守り介護を受けた。

 関係者によると、林さんは独居開始から1カ月後、介護事業所に対し、容体が急変した場合は人工呼吸器を装着することに書面で同意した。ケアスタッフの一人は「当時は発語も可能で自発呼吸もしっかりしていた」といい、まだ生に対して前向きだったのではと推し量る。

 人工呼吸器は、自発呼吸が難しくなったALS患者が生きるための手段。一度は装着に同意した林さんだが、その後、主治医から呼吸する力が衰えた場合に装着の意思があるか問われても、拒み続けた。18年春からは安楽死への願望をブログやツイッターで発信し、事件の2カ月前には「屈辱的で惨めな毎日がずっと続く。ひとときも耐えられない」と投稿。昨年9月には主治医に胃ろうからの栄養摂取を止める安楽死を要望し、断られていた。

 一方で、林さんは緊急時の救命処置として、気管内挿管や気管切開、酸素マスクなどの手当てを受けることは、「拒否しない」との意向を明確に示していた。

 関係者によると、亡くなる昨年11月30日の時点でも自発呼吸はあり、文字盤などを使った意思疎通は可能で、死期が迫った病状ではなかったという。支援者の一人は「6年半の在宅生活で健康状態に大きなトラブルはなかった。林さんは生きるために最大限の努力をしたが、死を求める思いも強かった。彼女に最後まで生き続けることを選んでもらうには、何が必要だったのだろうか」と苦悩を打ち明けた。