モンスーンの影響で湿潤な日本には雨にまつわる言葉が多くある。春に花を散らす「桜ながし」、新緑の木々をぬらす「青葉雨」、視界が白くなるような激しい夕立は「白雨」ともいう。どの表現も先人の詩情が息づいている▼しかし、まがまがしい雨もある。その筆頭は「黒い雨」だろう。広島原爆の投下直後、爆発と大火災による上昇気流で雨雲が発生し、放射性物質を含んだ雨が降り注いだ▼井伏鱒二の同名の小説では、主人公の矢須子が「万年筆ぐらいな太さの棒のような雨」を浴びた。汚れはせっけんで洗っても落ちなかったと記す▼矢須子は後に高熱や全身の激痛に苦しむ。故田中好子さんが主人公を演じた映画では、入浴中に髪がごっそり抜けるシーンがある。放射線被ばくの恐ろしさを象徴し、戦慄(せんりつ)を覚える▼先月末、この黒い雨による被害の救済を訴えた訴訟で、広島地裁は原告勝訴の判決を言い渡した。戦後75年たつのに、いまだにこの問題が解決していなかったことに驚かされる。だが国側は控訴し、解決はさらに先送りされた▼原告の一人で79歳の女性は幼少期から入退院を繰り返し、いまだに薬が手放せないという。放射線被害に苦しむ人たちにとって、戦争はまだ終わっていない。涙雨が晴れ上がるような、国による救済が急がれる。