幻の怪獣ネッシーを思い起こさせる、黒く長い首を水面に出した生き物の写真に「6月某日、びわ湖に出るぞ。」のキャッチコピー。1976年、奇抜な新聞広告とともに琵琶湖畔にオープンした西武大津店が今月31日、44年間の営業に幕を下ろす。

 そこへ行けば何かに出合えるわくわく感が、かつて百貨店にはあった。だが家にいながら楽しめるネット通販の時代になり、人口やインバウンド需要の少ない地方で閉店が加速している。同じ31日にそごう徳島店が閉じる徳島市、1月に大沼デパートが破綻した山形市と並び、大津市は「百貨店のない県庁所在地」となる。

 市の中心部では2016年にアル・プラザ大津、17年に大津パルコが閉店したが、別の商業施設として再生している。今回は跡地がすべてマンションになる点で異なる。市は、地元の声を受けて商業機能の存続を跡地所有会社に求めたものの、受け入れられなかったようだ。

 戦後を代表する建築家、菊竹清訓によるひな壇状のテラスが印象的な店舗建物は取り壊され、地域のランドマークの一つが失われる。一帯の雰囲気は少なからず変わるだろう。

 大津市は、西武大津店に近いJR膳所駅や大津駅の周辺を「都心エリア」と位置づけ、高次都市機能の集積、観光交流の拠点づくりを掲げている。琵琶湖観光の玄関口である大津港と商業・宿泊施設、旧東海道の宿場町ゆかりの歴史文化などを生かして、広域から人や投資を呼び込む狙いだ。

 ただ、商業については、以前から隣の京都市や草津市との競合で求心力が低下。この秋開業予定で大津市が進めていた大津駅前のカフェやイベントスペースの整備事業も、公募で選んだ運営会社の撤退と後継探しの不調で、中断を余儀なくされた。

 キッチンカーや朝市を並べ、駅前から湖岸への人の流れをつくりだす構想は、新型コロナウイルス禍を受けて先行き不透明になった。今後、開業にこぎつけても、オンラインやリモートに慣れた人々に「わざわざ足を運ぶ価値」を感じてもらうのは容易ではあるまい。

 コロナ後に客足や消費が向かう先は、以前にまして選別されるとみられている。地方自治体が長年頼ってきた、商業施設を核とする地域活性化の手法は、いよいよ転機を迎えているのだろう。

 企業頼みでも、行政任せでもまちづくりはうまくいかない。やはり中心になるのは、そこに暮らす人々だ。

 住む人が心地よく、わくわくする何かがあればにぎわいは自然に生まれ、消費もついてこよう。多様な人々の参画を促し、まちの将来像を描きたい。

 西武大津店跡地に計画中の分譲マンションは1100戸規模という。近くの保育所や学校の受け入れ余地はどうか。災害避難所の調整といった防災対策、湖岸エリアに相次ぐマンション建設と景観保全の折り合いをどうするかなど、行政が取り組むべきことはなお多い。