佐藤明芳さん(徳島市)は1944年冬、山口県にあった旧日本海軍の訓練基地に配属されて間もなく、不気味な黒い鉄の塊を目にした。長さ10メートル超の魚雷を改造した1人乗りの潜水艇「回天」。先端部に爆薬を搭載し、搭乗員自らが操縦して米軍の巡洋艦や駆逐艦に体当たりする兵器だ。死を覚悟して厳しい訓練に日々臨んでいたが、視力が急激に低下したため、広島県の呉海軍航空隊施設部に配転され、出撃の機会はなかった。「棺おけ」という言葉通り、多くの若者が回天と共に海に沈んだ。2015年、86歳の時に徳島新聞社の取材に語った。