木上さんが京アニに移籍する前に作った絵本の原画

木上さんが京アニに移籍する前に作った絵本の原画

 2019年7月18日に発生した京都アニメーション放火殺人事件の取材を続けている。36人が犠牲になった惨事から1年となる先月、犠牲者の人となりを紹介する連載企画「エンドロールの輝き」を担当した。ファンに夢を届けようと奮闘した人生の一片に触れるたび、唐突に未来を絶たれた人たちへの哀悼と尊敬の思いを強くした。引き続き彼らの歩みを丹念にたどり、その足跡を紙面に刻みたい。

 初回で取り上げたのは、京アニが国内屈指の会社に飛躍する礎を築いた木上益治(きがみよしじ)さん=当時(61)。「彼に描けないものはない」とまで評された人物の取材は、小さな疑問から出発した。2001年2月発行の本紙山城版。木上さんが京アニ初のオリジナルアニメ「笠地蔵」の製作に挑戦していることを伝えていた。

 この記事を読んだとき、意外な感じがした。京アニは大人も楽しめるドラマ性の高いアニメを生み出してきた。同社の記念碑となる作品の題材として、子ども向け、しかも地味な民話を選んでいたからだ。

 木上さんのかつての同僚が、謎を解くヒントを教えてくれた。本多敏行さん(69)は、木上さんが京アニに入社するまでの10年余り、東京で仕事をともにしてきた。思い出話が一段落すると、木上さんが当時作った1冊の絵本を取り出した。「小さなジャムとゴブリンのオップ」。魔法使いの見習いが優しさや勇気の大切さを学ぶ物語だ。ページをめくり終え、ふと、あとがきの言葉に目がとまった。「子どもたちの夢を広げたい」。京アニ移籍後も揺るがなかった信念を垣間見て、「天才」と呼ばれた人の実像に少し近づけた気がした。

 「技術がずばぬけているから京アニ的な作品でも何でも描けてしまうんだけど、本当に作りたかったのはこういう子ども向けのアニメだったんじゃないかな」。本多さんは後輩の心中を推し量り、こう続けた。「すごいアニメーターがいたんだよって、多くの人に知ってほしい」

 連載では木上さんのほか、武本康弘さん(47)、池田(本名・寺脇)晶子さん(44)、高橋博行さん(48)=年齢はいずれも当時=を紹介した。社運をかけた作品づくりの重圧と闘った日々、産みの苦しみの先に見つけた未来、努力でつかんだ唯一無二の世界…。それは、犠牲者数の多寡を表す「36」の数字からはうかがい知れない、一人一人の特別な物語だった。

 京アニ事件は犠牲者を「実名」で報じるか、「匿名」にするかで議論となった。誰もが納得できる正解はないのかもしれない。ただ、その人たちの名前を伏せてしまえば、輝きに満ちた人生も、失われたものの大きさも、語り継ぐことが途端に難しくなる。

 連載で取り上げることができたのは4人にとどまる。残る32人の生きた証しを紙面で紹介すべく、取材を続けたい。