富名腰義春さん(沖縄県宜野湾市)は同県浦添市で、いとこの家の井戸から入ることのできたガマに避難した。83歳のひいおじいさんや70歳すぎのひいおばあさんをおぶって井戸からガマに入った。ガマは200~300メートルほどに広がっていた。ガマには「石部隊」という京都で編成された日本軍もいた。石部隊は、ガマ近くにある嘉数高地の戦闘の主力部隊だった。「部隊が南部へ移動する前に、宮城さんという日本兵が手りゅう弾をくれた。着物と布団で大げさに巻いて保管していたけど、ガマの中で爆発してしまった」。ひいおじいさんが亡くなった後もガマの中で暮らした。2015年、81歳の時に琉球新報の取材に語った。