戦後75年目の夏が終わろうとしている。本紙の企画で戦争にまつわる史料や証言を募ったところ、50件近くの投稿が寄せられた。戦争を記録に残したい。読者の強い意思が感じられた▼史料では京都帝国大出身の軍医の手記が印象に残った。時系列で事細かに記された満州やシベリアの状況。苦い記憶が生々しくつづられている▼満州に侵攻したソ連軍の戦車に追われた。逃げる、隠れる、耐え忍ぶ…。激烈な戦地での攻防、過酷な抑留生活で次々と命を落とす同僚の姿も克明に表されている。事実に勝る記録はない▼何よりも手記を託してくれた遺族がいたことがありがたい。執筆者が伝えたかった戦地の記憶が子孫にしっかり引き継がれていた証左だろう▼一方、敗戦時に日本の軍や政府は多くの公文書を焼却し、後の歴史検証に禍根を残した。現代に至っても「桜を見る会」の出席者名簿は廃棄され、新型コロナウイルスの専門家会議では議事録が残されなかった。政府の公文書をめぐる一連の不手際をみると、75年前の反省は生かされていないようだ▼年々戦争体験者は減っていく。戦後80年には直接話を聞くことはさらに難しくなるだろう。今後戦争の記憶をどう残すのか。記録を軽く扱う政府任せでは心もとない。市民による地道な継承が欠かせない。