安倍晋三首相が辞意を示した。きのうの会見で、持病の潰瘍性大腸炎の再発を明かし、「体力が万全でない中、地位にあり続けるべきでないと判断した」と語った。

 今冬に予想される新型コロナウイルスとインフルエンザの同時流行に備えた対策がまとまったことなどを挙げ、「このタイミングしかなかった」と説明した。

 コロナへの対応で激務が続き、体調に不安があったことは確かだろう。安倍氏は第1次政権の2007年にも持病の悪化で退陣している。ただ、国民は感染拡大へ不安のさなかにある。

 持病の悪化とはいえ、政治トップの突然の辞意表明は「政権投げだし」と指摘された07年と同様、無責任と言われても仕方ない。

問題から逃げている

 安倍氏が辞任を決断したのは、体調不良だけではあるまい。コロナを巡る政権の対応は迷走続きだった。共同通信の直近の世論調査では、内閣支持率は安倍政権としては最低水準にまで落ち込んだ。

 そんな中、安倍氏は記者会見も行わず、国会審議にも出席しなかった。国民の目には「問題から逃げている」と映ったことだろう。退陣せざるを得ない状況は、自らが招いたと言えるのではないか。

 とはいえ、第2次政権発足から7年8カ月。今月24日には連続在職が歴代1位となった。第1次からの通算でも憲政史上最長記録を更新中だ。歴史に名を残した首相とはいえるだろう。

 だが、安倍氏が在任中に進めてきたことが国民にとってどのような意味を持つかは、しっかりと考えておかねばならない。

 安倍氏が掲げてきたのは「戦後レジームからの脱却」だった。その理念を達成するため、戦後民主主義の在り方を大きく変えたことは記憶しておく必要がある。

過剰な「忖度」生んだ

 最も大きな転換は、集団的自衛権行使を容認する新たな憲法解釈を閣議決定し、安全保障関連法を成立させたことだ。憲法が禁じる海外での武力行使に道を開いた。

 多くの国民が疑念や不安を抱く中での採決強行だった。

 集団的自衛権を使えるようにすることが他国との対立・緊張を高めないか、米国の戦争に巻き込まれることはないか-。さまざまな論点があったが、安倍氏の答弁は「総合的に判断する」など、十分なものではなかった。

 政権や官僚の都合で国民の情報を「秘密」指定し、人権を侵害しかねない特定秘密保護法を制定した。捜査機関が犯罪を計画段階で処罰できる「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ法律も成立させた。

 いずれも憲法が保障する「内心の自由」を侵しかねない。そうした懸念も、数の力で押しきった。

 戦後日本が歩んできた路線だけでなく、民意を生かして議論を尽くすという民主主義の価値観をないがしろにしたようにも思える。

 政権の強権的な姿勢は、内閣を支える官僚の世界にも波及し、政治への過剰な「忖度(そんたく)」を生んだ。

 森友学園問題で、財務省が決裁済み文書を改ざんしたのは、その典型だ。イラク派遣時の陸上自衛隊の日報、加計学園に関する「総理のご意向」文書など、政権存立に関わりかねない不都合な証拠の隠蔽(いんぺい)に、多くの官僚が関わっていた。行政をゆがめた官僚を見過ごした政権の責任は大きい。

 国民への説明責任を果たそうとしなかった姿勢も批判に値する。

 森友・加計両学園を巡る疑惑を国会で追及されても答弁をはぐらかし、真摯(しんし)に受けとめる姿勢はみられなかった。「桜を見る会」疑惑では、証拠となりうる招待客名簿を破棄した。辞任により、これらの疑惑にほおかむりしたまま済ますことは許されまい。

 安倍氏が強気の政権運営を続けることができたのは、衆参6回の国政選挙にいずれも勝利し、「安倍1強」を確立したためだ。ただ、勝ちを重ねることで与党から異論が出にくくなり、かえって政権の問題点を修正するのが難しくなったと言えるのではないか。

功罪の議論もなしに

 安倍氏は会見で、やり残した課題の一つに憲法改正を挙げ、「党で決定したこと」として、後継者が推進することへ期待を示した。

 だが、自衛隊の9条への明記など自民党がまとめた4項目については、なぜ改憲が必要なのかの説明が足りていない。安倍氏の下での改憲に反対する世論も根強い。

 改憲自体が目的になってはいないか。国民を置き去りにしたまま発議を急いではならない。

 北朝鮮による日本人拉致問題やロシアとの北方領土を巡る交渉も展望が開けていない。アベノミクスも、経済の地力を高める成長戦略につながっていると言い難い。

 こうした課題を残しながら、後継の首相選びが本格化する。安倍氏の政治理念や手法が継承されるのか、それとも新たな路線に転換するのかは、大きな焦点だ。

 だが、自民党は次期総裁選について、国会議員と都道府県連の代表者だけで決め、党員・党友による投票は行わないという。

 これでは、党内で安倍政権の功罪が議論される可能性も低くなろう。開かれた政策論争がなければ新政権への展望も開けまい。