8月24日 地蔵盆
 夏の終わりを彩る子どもの行事、地蔵盆。圧倒的な数を誇る京都のお地蔵様は、あの街この街で本当に子どもたちを守ってくださっているように感じられます。東近江市の私の実家でも地蔵盆は盛んでした。子どもたちはあんどんを作り、夜には寺の本堂で出し物も。歌、手品、漫才(←さぶい)の練習に励み、大人を楽しませたものです。翌日お昼は楽しい宴で、戦利品(お供え)の分配をする。日本のハロウィーンはこれです!

8月25日 ツクツクボウシ
 「おしい、つくづく」。ツクツクボウシの歌は、夏の名残を惜しむかのよう。他のセミと違ってメロディアスで詩もある。アメリカのテレビアニメ、ウッドペッカーの笑い声と同じ節回しだな、って子どもの頃は思っていました。地上での命の短き生き物で、別名・寒蝉(かんせん)。学生には夏休みぎりぎり、追い込みの日々のBGM、大人の私には生と死の境で懸命に歌う、命そのもの。「鳴き立ててつくつく法師死ぬる日ぞ」(夏目漱石)

8月26日 振り売り
 わが家の場合には6月上旬より、上賀茂の野菜農家から週2回届く採りたてのトマト、賀茂なす、万願寺とうがらし…が食卓に並びます。いわゆる振り売り。昔はてんびん棒をかついで、今は軽トラックで。シンプルで優れたシステムです。旬の新鮮野菜の、まるで夏まるごとを食べているような飽きないおいしさよ。立秋を過ぎ、トマトは小ぶりに。色が薄くなると、また来年! 農家はすぐにすぐき菜作りに移行するそうです。

8月27日 オレンジ色の湖畔
 お盆を過ぎると、琵琶湖も水泳には不向きになり始めます。クラゲこそ出ないけれど、波高くなり、ぬれた子どもの体に湖面を渡った風が吹きつけて震えたものです。中高校生時代はこの時期には自転車を走らせ琵琶湖の風景写真を撮っていました。夕焼けも盛夏の時とはまるで違う見事なオレンジ色。人けの少ない新海浜や松原水泳場に立ち、「誰もいない海♪」なんて口ずさみ、勝手に寂しくなった。海ちゃいますけど。

8月28日 手持ち花火
 手持ち花火というと線香花火を思いますが、少年にはあれは最後の残り物で、好んだのは噴出型のドラゴン、にょろにょろが出るヘビ玉、煙幕花火…大概は親が顔をしかめるたぐいのものでした。特に筒型の2Bというクラッカーは(親の言では)「あほほど」爆発させました。無法者の子も、9月になると花火には手を出さず、夏休み中に燃え尽きるかのごとくの勢いで遊んだ。「手花火の光の中にみんな居る」(内山思考)

8月29日 星を教える
 昨秋亡くなったイラストレーターの和田誠さんが、昔「やさしさ」の定義を聞かれて答えた「そばにいる人に、星の名前を教えてあげる時みたいな気持(きもち)」という言葉が忘れられません。確かに星や星座は指さすだけでは伝わらず、結構頑張らねばならない。何かの行事で誰かと歩くことも多い夏の夜。昔は友人や恋人に、今は子どもに教える星々。先日は散歩帰りの鴨川で娘に講義です。「星既に秋の眼(まなこ)をひらきけり」(尾崎紅葉)

8月30日 イージーリスニング
 1960~70年代、イージーリスニングという分野の音楽が流行して、わが家でも父のLPが日曜の応接間に鳴り響きました。ポール・モーリア、レイモン・ルフェーブル、カラベリ…切りなく挙げられますが、心に残っているのは映画音楽が多い。特に夏の曲。「おもいでの夏」「夏の日の恋」「さらば夏の日」「ひまわり」。行ったこともないのに、欧米の避暑地やロシアの寒い夏が思い出のようによみがえるのです。

~さらば、2020年の夏の日~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 コロナ禍もさることながら、例年以上の猛暑につき、日中不要不急の外出は慎まざるを得ませんでした。家族4人は必然的に運動不足に陥り、見境なくレスリングを挑んでくる、つまり暴れたがっている息子や、ぐーたら寝ころがってただ本を読み進む娘やぼくの姿に危機感を覚えた妻が「このままではあかんで!」と、鴨川散歩を提案、というか宣言し、毎夕無理やり外に連れ出されることに。

 8月下旬の夕暮れ前、昼間の殺人的な炎暑は十分残ってはいるものの、川の流れが風を呼ぶ緑濃い土手は気持ちがよい。息子はサッカーボールを蹴り、妻と娘は鬼ごっこをし、ぼくは双眼鏡でマガモ、コサギ、アオサギ…水鳥たちを盗み見しつつ、ある日は北、ある日は南へと歩みを進めます。行き交う人たちは、ジョギング、自転車、犬の散歩、ピクニック、デート…思い思いのスタイルですが、みんな機嫌がよさそうというのが共通点。

 この川はつい先日まで豪雨で何度も濁流と化していたのに、今は実に穏やかで、中州の草もそんなことはなかったように生い茂っています。水面にぽつぽつ浮かぶ輪はライズリング、魚がいて元気に虫を食べている証拠だよと息子に教える。父さんはあの瞬間をフライ(毛針)で釣るのである。

 日が傾き西の空が色づく。東側に目をやれば比叡山から大文字山にかけての稜線(りょうせん)が青空にくっきり映える。山の向こうに湧く小さな入道雲が強い西日に照らされオレンジ色に変わり始めます。セミたちが命の限り歌う。

 夏が終わります。

 2020年の夏はヘンテコでした。60回以上経験してきましたが、どこにも行かず、人とも会わず、会うときはパソコンを介してというおかしい夏。この先これが今年だけの特異なものであることを祈ります。

 けれど今年も夕暮れは美しく、頭の中にはミシェル・ルグランの「おもいでの夏」やフランシス・レイの「さらば夏の日」が勝手に流れ出す。うろこ雲のような今日の雲を西日がばら色に染め上げて、もう秋のような空です。隣をずんずん歩く娘に夕焼けを指さし「せつないねえ」と声をかけてみると、「え、そう!? あたしは2学期直前でそれどころではない」との返事でした。(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター