京薩摩「菊唐草文ティーセット」 7代錦光山宗兵衛

<ミュージアムのちから コロナ禍に考える>

 明治後期、京都市の粟田口地域に「京薩摩」を扱う多くの店があった。象牙色の素地に金彩色絵で精緻な意匠を施した華やかな器だ。欧米の観光客が近くのホテルに滞在し、京薩摩や白川三条周辺で作られる七宝を求め歩いた。日本の工芸品が世界にブームを起こした。

 東山区の清水三年坂美術館は幕末・明治の工芸品を紹介する。村田理如(まさゆき)館長が収集した作品群は2000年の開館以来、高い技術と優雅な美しさで国内外の人を驚かせ続けている。

 村田館長が明治の工芸の良さを知ったのは海外だった。仕事で立ち寄ったニューヨークの古美術店で偶然、印籠を見つけ、美しさに驚いた。帰国後、東京や京都の骨董(こっとう)店などを探し歩くが見つからない。優品は海外に流出しているのだと気づいた。

 「日本では茶道具や西洋絵画に人気が集まる。一流の技術と感性で作られているのに、明治の工芸には誰も興味を示さない」。海外のオークションを通じて七宝や彫刻、金工品などを集めた。美術館を開くと来館者が「こんなに美しいものがあるなんて」と驚く。日本人の知らない美を伝えなければと思うようになった。

 日本の工芸は江戸期を通じて、将軍家や大名家の保護下で発展した。金工は武士の刀を彩り、蒔絵(まきえ)は姫君の婚礼調度を飾った。職人は世襲制で何世代にもわたり高度な技を培った。

 明治維新でそれが崩れると、政府は失業対策と外貨獲得のための輸出品として力を入れた。工芸を愛した明治天皇の支援も大きい。万国博覧会でも人気となった。ところが、産業の近代化や2度の世界大戦のため数十年で下火になってしまった。

 「館蔵品の多くは、現代の技術で作ることは不可能。あの時代だから作れた」と村田館長は言う。糸の立体感が独特のきらめきを放つ京都の「刺繍(ししゅう)絵画」も、皇室や公家が東京に移り、高級品の買い手を失った京都の呉服産業が新たな道を模索する中で生まれた。数百年来、公家の婚礼衣装に施してきた刺繍の技術がそれを支えた。

刺繍絵画「桜に孔雀図」 無銘

 明治維新150年の節目で明治の工芸も脚光を浴びたが、まだまだ知らない人も多い。「見えない箱の裏にまで装飾を尽くす。そんな粋の文化を伝えたい」と村田館長は願っている。

 
牙彫「南国珍果」 安藤緑山
 

 清水三年坂美術館 金工、七宝、彫刻、漆工などコレクションは1万点を超える。皮をむいたバナナやパイナップルを本物そっくりに仕上げた安藤緑山「南国珍果」は象牙に彫刻し、彩色している。時間と手間をかけ、細密の限りを尽くした工芸品は「超絶技巧」の言葉で紹介されることも多いが、洗練された感性、品格あるたたずまい、ユーモラスな表情など、作品により持ち味は多様だ。京都市東山区清水3丁目。075(532)4270。