はっとり・しほり 1988年生まれ。京都市立芸術大、大学院で日本画を学ぶ。2020年に京都市芸術新人賞。今秋刊行の第1回京都文学賞最優秀賞、松下隆一「羅城門に啼(な)く」の装画担当。

 「新しい生活様式」が厚生労働省より提案されて久しく、板につき過ぎているこの頃ではないか。外出自粛、緊急事態宣言、新しい生活様式、と促されるままに国民持ち前の生真面目さと同調で作り上げてきた状況をいま俯瞰(ふかん)すると、人々の心のゆらぎが浮き彫りになる。当事者であり人を描く画家であるわたしは、それらを日々観察する。

 この新種の、目に見えない何かに対する人々の「恐れ」をわたしは珍重したい。古来より人は、神や仏を頼みに拝み続けてきた。この生病老死の根本苦をいかに和らげんとするか、という人の心から芸術は起こっている。人は生きる中で出くわす難や苦から逃れようと、何かにすがる想(おも)いで、専門家、マスクに飛びつき、そして宗教や芸術が再び注目を集め、かつての鍾馗(しょうき)はアマビエへと姿を変えて流行した。すがり、心を預けることができる人は弱くもあり強くもある。

 だが、恐れるあまり「恐れ」を受け入れ過ぎて、すがり、妄信するばかりでは思考する力を失ってしまう。

 外出自粛やその他要請を受けた期間には、人に会えない寂しさを訴える人を多数見受けた。確かにかつての日常から程遠い日々を過ごされたと思うが、一方、孤独に向き合う好機だったともとれるのではないか?人が人を求めるのはまっとうだが、存分に自己と対峙(たいじ)し、モノと語らうことができる環境は、現代社会では多くない。このような状況で独りよく思考し、日常とは異なる実践ができたとしたらどうだろう?

 絵画制作を行う際、対自己・対モノの意識は不可欠となる。紙や絵の具、筆等のモノをお供に、絶えず行うのは己との問答だ。問い、答えるその応酬を無数に繰り返すことで絵は成り立つ。主題と向き合い練ることができたか。解釈した通りに図案を作れたか。筆線の一本引くにしても、見合う筆を竹筆筒より取り出し、どこから、どれほどの速度で引くのか。色岩絵の具は適切な粒寸を選び取り、論からも情からも響く色調を楽しめているか。

 このトレーニングは生きることそのものでもある。生きることは無数の問答の繰り返しだが、やがて問答が消え、もがき苦しむことが無くなるかもしれない。しかし、そこに安住してしまうと人間本来の心のゆらぎが失われてしまって、それはそれでもったいない。「恐れ」を自認し問答し続けることが人間の生き方だとわたしは考える。

 次はどんな絵を描いてやろう?それは必ず、己を重ねた人のもがきだ。これこそが何よりも人の魅力だからだ。(日本画家)