映画女優の原節子さんが亡くなって昨日で5年がたったが、昭和の銀幕で放った輝きがあせることはない。生誕100年でもあり、特集上映が東京で行われている▼代表作の小津安二郎監督「東京物語」(1953年)の役は、夫が戦死した「紀子」。出征前の写真が飾られたアパートで、上京してきた亡夫の両親をもてなす。終盤、笠智衆さん演じる義父から「いつでもお嫁にいっておくれ」といたわられ、泣き伏す場面が胸を打つ▼同じ小津作品「麦秋」(51年)の「紀子」は、次兄が戦死している。こうした設定が特に気になるのは、戦後75年の今夏、戦禍にまつわる話を高齢者から多く見聞きしたからだ▼「父親がいない同級生が何人もおった」と80歳前の男性は振り返った。兄が戦死し、残された兄嫁と結婚したという90代の男性もいた▼戦争で夫や身内を亡くしている人は珍しくなかった。焦土からの復興途上、無数の「紀子」がいて、最愛の家族を失った悲しみを抱きながら、長い戦後を生きてきたに違いない▼評論家の川本三郎さんは、原さんの役を「戦争の影のひとつの象徴ではなかったか」と指摘する(「今ひとたびの戦後日本映画」)。世相がにじみ出ている名作があり、美貌だけではない演技が普遍性を持つからこその大女優なのだろう。