8月31日 二百十日
 「二百十日(にひゃくとおか)」という夏目漱石の短編小説があります。2人の男が登山中、悪天候に見舞われる。「だんだん荒れるばかりだよ」「ことによると二百十日かも知れないね」。立春より数えて、今年は本日が二百十日。稲の開花期で、台風が襲来しやすい時期として農家では厄日とされる。田畑に携わるなら意識、警戒すべき日でしょう。この時期の風祭(かざまつり)は、嵐が来ぬよう暴れぬように、との切なる祈りが込められた祭礼です。

9月1日 防災の日
 1923年の9月1日に発生した大地震。10万人を越える死者・行方不明者が出た関東大震災により、本日が防災の日となりましたが、近年では1995年1月17日の阪神・淡路大震災、2011年3月11日の東日本大震災など、忘れてはいけない激甚災害の日は多いのです。日本は恒常的に震災が襲う列島。ぜひ日々「そのとき」の準備・心構えをしておくようにお願いします。「数知れぬ灯に人住めり震災忌」(東條和子)

9月2日 新学期襲来
 「逃げよう」。夏の終わり、漫画「ピーナッツ」のサリーちゃんが兄に言うのです。学校が始まるのに「まだミシシッピのつづりも覚えてない」。9月、欧米は新学期、日本は2学期。いずれも準備不足の子どもが苦しむ時です。今年は変則的となっていますが、私の頃は1日が始業日かつ宿題提出日。間に合わなかった子は3日まで猶予が与えられた。焦って、絵は父に任せたものの、立派すぎる作品になり困った記憶があります。

9月3日 長月
 老母に陰暦の月名(睦月(むつき)、如月(きさらぎ)…)を言わせてみたら、長月(ながつき)だけなかなか出てこなかった。9月は地味な月やからと言い訳しましたが、確かに盛夏と錦秋の間の微妙な時です。「この時節は野菜も人も何か疲れてる」と母。「そや、庭のイチジクだけはぎょうさん実って、あんたは食べ過ぎて口の周りにくさ(できもの)を作ってた」。ふむ、そんな季節か。紅葉はもう少し先。「長月の今日のひと日の紅(べに)を恋ふ」(池内友次郎)

9月4日 彦根のチャイコ
 世界でただひとつ(だと思いますが)、チャイコフスキーの華麗な「ピアノ協奏曲第1番」を好まぬ生徒を大勢出す学び舎(や)、それは私の母校、彦根東高です。始業時に「パパパ・パーン♪」と響く。授業始まりは誰だって気が重く、2学期初めなど残暑の休み時間、これにうんざりしつつ教室へ走る青春の3年間。「もうすぐチャイコ鳴るでー」とか言い合った。けれど今こういう伝統、個性はとても大事だなと感じています。

9月5日 虫の音
 秋の音はまず虫の声。9月に入ると音量は一気に増大します。季語の「虫」はスズムシやコオロギ、マツムシなど、秋に美しい声で鳴く虫を指す。若い頃ごくたまに滋賀に帰省、夜のやかましさに初めてのように気付きました。東京・新宿のそれとは違う有機的で幸福な騒音です。幼い頃はスズムシを水槽で飼っていたもの。リーンリーン。のぞくと酸っぱく香ばしいにおいがした。「虫の夜の星空に浮く地球かな」(大峯あきら)

9月6日 種まく人
 今の時期は一家で東近江市へ帰省するのが習わし。母の畑を妻や子どもたちとわいわい耕し、冬野菜の種をまくのです。ダイコン、ホウレンソウ、キクナ…こんなに小さな粒々がみるみる大きくなって、冬にはそれぞれの形に実る不思議に、いくつになっても驚く、素人の私です。自分では耕せなくなった老母ですが、私らが間違った動きをせぬか、脇でじっと眺めています。「秋耕(しゅうこう)のおのれの影を掘起す」(西東三鬼)

 

~彦根の青春~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 日活映画「青い山脈」は彦根城がファーストカット、まだ10代の吉永小百合がお堀端をミニバイクで駆け抜ける元気なシーンから始まる青春映画。1963年公開作品で、全編ほぼ彦根市ロケ。湖岸道路、松並木、芹川、木造校舎、城下の古い町並みなど当時の景色を次々見せてくれる懐かしいものです。ここを吉永小百合、芦川いづみ、南田洋子…さんたちが歩いたなんて想像しただけで舞い上がってしまうのですが、それはまた別の話。

 その10年後、ぼくはこの街に通いました。母校の彦根東高は内堀と外堀の間に立ち、彦根駅から西へ、堀のせいで回り込むように歩いて15分。お堀がなければ早いのになあと炎天や降雪の下で何度思ったことでしょう。堀伝いに長い桜並木が続き、春には花が咲き誇るのですが、高校生男子はそういうものを見てはいない。見ていたものはというと9割方は女子だったように思う。面目ない。

 たった3年間なのに記憶に深く刻まれているのは単純に青春だったからと即断できますが、同時に城下町の落ち着いた街のたたずまいや、母校の特徴的な在り方も大きかったように思います。先日の1面コラムでも触れましたが、授業はチャイコフスキーで始まった。チャイムではなくチャイコ。終業時にはヘンデルの「調子の良い鍛冶屋」がうれしく響いた。それらは今もそうだと聞き、ほっとします。伝統は大事。心に残るのです。

 一方で、港湾で行う5月のボート大会や、これからの季節、秋の文化祭後の夜のパーティー「かがよい」などの伝統行事がなくなったと聞き、寂しい。手間も掛かり批判だってある行事運営が今日大変なことはわかるのですが、学校の個性は何とか残してほしいなと遠くから思います。ボート大会では応援団の誰かが必ず水に落ち、かがよいを目指して多くのカップルが生まれたものでありました(って、そんなだからなくなったのかな?)。

 恩田陸の「夜のピクニック」は彼女の母校・水戸第一高の「歩く会」という名物行事がモデルとなっています。夜通し歩くというすごいイベント。小説にはこんなセリフがある。「みんなで、夜歩く。たったそれだけのことなのにね。どうして、それだけのことが、こんなに特別なんだろうね」(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター