「巨人、大鵬、卵焼き」。役人だった堺屋太一さんの発言から生まれた流行語だという▼作家、経済学者、経済企画庁長官。多彩な顔を持ち、「七色の人生で生きた」と戦後70年の日本の歩みと重ね合わせ、苦楽を自伝で振り返っている▼世に知られたきっかけは1970年の大阪万博だ。28歳だった通産官僚時代に発案した。多くの博覧会のプロデュースに関わり「団塊の世代」「知価革命」といった造語も生み出した▼時代の流れを捉え、先を読む目がずばぬけていたのは間違いない。その眼力は幼少期に鍛えられた。空想や調査が大好きで、それらを習慣づける質問を両親から受けたという。「経済統計は私の尽きせぬ友」。今の官僚らが聞けば驚くような言葉を残している▼語られることが少なかった豊臣秀吉の弟秀長らに焦点を当てるなど、歴史を掘り起こす達人でもあった。歴史からの発想を大切にし、挑戦し続けた人生と言える。原動力は「世の中をよくしたい」という情熱だった。だからこそ晩年は日本人の行く末を憂えた。「欲ない、夢ない、やる気ない」。若者の3Yに警鐘を鳴らし、夢を持てと訴えた▼堺屋さん亡き今、後に続く時代の「仕掛け人」が見当たらない。壮大な視野と独自色で各方面に影響を与えた存在の大きさを改めて思う。