支援団体の企画で英国のヤングケアラーたちが製作した展示。同国では学校や病院などと連携し、支援ニーズを掘り起こす取り組みが進んでいる(斎藤真緒教授提供)

支援団体の企画で英国のヤングケアラーたちが製作した展示。同国では学校や病院などと連携し、支援ニーズを掘り起こす取り組みが進んでいる(斎藤真緒教授提供)

 12年前、女性は九州の私立高の1年生だった。心臓が悪く、歩行も不自由な祖母と自宅で同居することになった。家は経済的に厳しく、共働きの両親に代わって世話を引き受けた。「自分がやらざるを得ない」と思った。私立高を退学し、時間の融通が利く単位制の昼間定時制高に入学した。
 始めのころは病院、買い物の付き添いや話し相手だった。「一緒に暮らせることになり、うれしかった。支えていかなきゃ」と思っていた。祖母は「ハイカラでおしゃれ」で、服やバッグを話題に友達感覚で話せて楽しかった。
 そんな生活が、大学受験が2年後に迫ったころに一変する。祖母が深夜に「この野郎!」などと暴言を叫ぶようになった。
 両親の翌日の仕事に差し障りのないよう、夜間の世話は女性に任された。自分の部屋のドアを開けておき、声が聞こえるたびに祖母の部屋へ行き、落ち着くまで話を聴いた。排せつがトイレまで間に合わなかったり、おむつを嫌がって脱いだりするため、汚れた部屋の後片付けもした。いつの間にか、自分一人に重荷が背負わされていた。
 勉強どころでなく、寝ても何度も起こされた。気が休まるときはなかった。思い描いていた大学生活と編集者になるという将来の夢は遠ざかり、焦りが募った。私の人生はどうなる。「憎い、殺したい。何度もそう思った」。わめく祖母の首を絞めている夢から、はっと覚めたこともある。
 学校に早退理由を説明していたが、「授業をサボって合格するわけがない」と心ない言葉も投げ付けられた。父にも「家族なんだからしょうがない」とつらさを受け止めてもらえず、「そういうものか」と無理やりのみ込んだ。大学入試センター試験の初日に祖母が83歳で亡くなり、5年間にわたった介護は突然終わった。志望校は不合格。
 「受験は思うようにならず、介護を頑張ったことを誰かに認めてもらったわけでもない。何も達成感がない。私の5年間は何だったのか」
  ◇
 家族を介護する18歳未満の子どもは「ヤングケアラー」と呼ばれる。女性は進学した立命館大(京都市北区)でヤングケアラーの調査と研究を進めている斎藤真緒教授(46)と出会い、周囲から見えないまま重い介護負担を押し付けられている子が多いことを知った。数万人ともされているが、詳細は分かっていない。「ただのお手伝いじゃない。大変な介護だったね」。自分一人で抱え込んできたつらさに寄り添ってもらうことで、自分自身と向き合うことができ、未来も広がったような気がした。
 女性は、失った年月を取り戻す歩みを始めた。東京の大学に入学して社会人としての自分の夢を描き直すとともに、当事者セミナーに通い、同じヤングケアラーと体験を分かち合った。
 「子どもが介護をすることそのものは悪いことじゃない。私も負担が軽かったならもっと優しくできて、いい孫とおばあちゃんの関係でいられただろうな、って思うんです」
 なぜ私たちの社会は、子どもに重い介護を担わせてしまうのか。子どもの今だけでなく、未来までも縛ってしまうのか。「家族だから」「お手伝い」といった大人に都合のいい言葉でごまかしていないだろうか。子どもと向き合っているだろうか。