佐保重子さん(上、左下)との思い出の写真を重ねた。輝之さん(左上)とひかるさん(右)が笑顔を見せる

佐保重子さん(上、左下)との思い出の写真を重ねた。輝之さん(左上)とひかるさん(右)が笑顔を見せる

 佐保輝之さん(60)、ひかるさん(57)=大阪市東淀川区=夫妻は、高齢になった輝之さんの両親を誘い、同居を始めた。母の重子さん=享年(80)=は、自慢の一人息子と、自分と仲の良い嫁との同居を喜んでくれた。ところが3年後、幸せを願った同居は暗転した。
 2011年6月、重子さんは自室で亡くなった。重子さんを殴るなどして外傷性ショックで死なせたとして、輝之さんとひかるさんは傷害致死容疑で逮捕された。夫妻によると、重子さんは亡くなる前日の夜に激しく暴れた。「父と3人で母を止めようとした。暴行はしていない」と無罪を主張した。
 一審の裁判員裁判は懲役8年の実刑判決だったが、15年3月の控訴審は一審判決を破棄。「夫婦の暴行以外の原因で損傷を負った可能性も否定できない」として、罰金20万円の暴行罪に大幅減刑した。
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 「重子さんは認知症だった」とする意見書が「逆転判決」につながった。「認知症の人と家族の会」(京都市上京区)副代表理事の杉山孝博医師(73)が控訴審に提出。重子さんが狭い部屋で3人ともみ合ったり、家具にぶつかったりした中で起きた「偶発的な自傷事故」の可能性を指摘した。
 高齢の女性が大人でも止められない力で暴れることを一審判決は「不自然」とした。しかし、杉山医師は「認知症介護の現場で日常的にあること。介護の専門家に聞けばすぐ分かることを見落した」と指摘する。しかし、これは司法だけの問題ではない。「認知症の人のことを、あらゆる場で身近なこととして目を向ける意識が必要だ」
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 夫妻は、重子さんが認知症だったことを知らなかった。一審判決後、同会が弁護団に指摘した。夫妻は驚いたが、思い起こせば急に暴れること以外にも思い当たることがあった。
 ある日、重子さんが作った焼きうどんは、いつものソース味でなくしょうゆ味で、飲み込めないほど味が濃かった。夫妻が重子さんに留守を頼んで数日外泊したら、作り置きのカレーが放置されて腐っていた。きちょうめんで料理上手の重子さんにはあり得ない出来事が重なっていた。
 しかし、調理中のひかるさんが暑いだろうと扇風機をつけてくれる「優しい母」の姿もあった。「認知症なら一日中ずっと問題行動を起こすはず」との誤った認識が目を曇らせた。感情の起伏からの一時的な異変と思い込んでしまった。
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 母が認知症だと分かっていたら、それまでとは違う接し方ができ、今も心穏やかに生きていてくれたかもしれない。輝之さんは「間違ったことは説明すれば分かってくれると思い、説得もした。今なら母には苦痛だったと分かる」
 近所付き合いを嫌う重子さんに無理強いできず、家の中で解決しようとした。「高齢の両親にたまに声を掛けてもらい、様子を知らせてほしい」と頼めていたら…。近所の人に気付いてもらったり、生活を支える介護サービスにつながったりする機会を失った。
 夫妻は現在、各地を回って経験を語っている。2年前に京都市であった民生児童委員らの研修会で、問題を抱えた家族を地域で見過ごさず、行政や福祉へ橋渡しするよう呼び掛けた。
 「認知症と分からないまま家庭で抱え込んでいる人は必ずいる。僕らと同じ後悔をさせないよう、ぜひ地域も関わってほしい」