9月7日 ダイヤル回して
 今もラジオから聴こえてくるフィンガー5の「恋のダイヤル6700」(1973年)や、小林明子の「恋におちて」(85年)の歌詞「ダイヤル回して手を止めた♪」のダイヤル、若い人は分かるかな? 黒電話の上の円い指示盤。10個の穴に10個の数字。指でじーっと回し、戻るのを待つ。この微妙な時間に、相手への思い、ためらいや計算、何らかの感情が動き、ドラマが生じた。今では懐かしく美しいアナログの所作です。

9月8日 有線放送電話
 わが家に電電公社の電話が来る前は有線放送電話という黒電話がありました。定額制で町内はかけ放題。スピーカー付き、朝昼晩の定時には農事、能登川町の行事、お悔やみ、誕生報告など、地元の話題が流された。切ることはできず、ずっと台所で聞かされていました。小中学校便りもあり、子どもが出演。私が朗読する番の夜などは、親戚にも(有線で)連絡、家族で真剣に聴いたものです。町内の結びつきは濃密でした。

9月9日 受話器の向こうに
 「電話は、母親という女性たちのお膝の上かなんかにのっているのじゃないか」「必ず『ママ』が出てくる」。1969年芥川賞受賞作「赤頭巾ちゃん気をつけて」の冒頭です。ママ、日比谷高校、女友達との電話…わあハイカラと憧れた。家に待望の電話がついた70年代、「お金がかかる」ので短時間を旨として友人に電話すると、出るのは確かに母親。でもママというよりオカンだったなあ。「やっちゃん、どないやぁ?」とか。

9月10日 電報
 今は冠婚葬祭で活躍する電報。かつては電話のない、遠く離れた人に最も速く用件を伝えられる手段でした。ピークは1963年の年間9461万通だそう。文字数で料金が決まるため誰もが俳句以上に真剣に言葉を選んだ。親しき者の生死や合否連絡など人生を左右する文言を運ぶ電報。届くのは短いカタカナ文ですが、とても重いものでした。「死を告げ来し電報がポケットにありけるをづたづたに破り捨てたり」(吉田正俊)

9月11日 長電話と恋愛
 長電話が可能になったのは経済状況の向上に加え、親子電話などが普及、個別の通話ができるようになったからでしょう。それは恋愛の形も変えたのではないか。わが生家の電話は居間に鎮座し、会話は家族に筒抜け、母は(ぶしつけにも)誰や? とまで必ず聞いてきたもの。今思えば若い私が東京での一人暮らしを望んだ一因となったかもしれない。「五線紙にのりそうだなと聞いてゐる遠い電話に弾むきみの声」(小野茂樹)

9月12日 呼び出し電話
 私が進学で東京に出たのは1976年。いわゆる下宿で、電話は大家さんの呼び出し。当時電話を引くだけでも加入権を含め10万円が必要で、一人暮らしの学生にはぜいたくなものでした。友人のアパートも共同電話で、住人たちが呼び出し、伝言も伝え合うなど、お互いさま感覚で生きていた。今は各人が携帯電話を持ち、さらには電子メール等で生の言葉も交わさずに済む時代。楽だけど大丈夫かと心配する私は古いやつかな?

9月13日 ポケベル
 「ポケベルが鳴らなくて」というドラマがあって、個人的にはつい先日という感覚ですが、もう27年前の1993年作品。バブル崩壊のころで携帯電話は普及していなかった。画面に数字のみ現れるポケベル。ビジネス以外にティーンを中心に定着し、999が「サンキュー」という簡単なものから複雑な暗号までが行き交った。会社にあまり寄りつかぬ編集者の私のベルは所持するなり鳴り続け、結構迷惑な機械でした。

 

~それ前にも聞いた~

 

<文 澤田康彦 絵・題字 小池アミイゴ>

 一人暮らしの老親の無事を離れて確認できるツールは、カメラやセンサー、電気ポットなど各種あるのですが、ぼくの場合はシンプルに電話を使う。毎日1回、91歳の母に電話しています。本当の親子電話だ。

 「もうねえ、全然食べられへんようになって、朝はおかいさんにカボチャたいたんに焼きタラコに…」。結構食べてるがな、ということは極力黙っています。「ヒロちゃんとこからマクワもろて冷やして半分食べて」。こちらはふーんとただ相づち。「お肉なんか半年は食べてへんわ」などというウソにもふーん。食べる話が多い。元気な証拠でしょう。話し中であることが多くて、それも無事の証明と判断する。電話に出ないときの方が怖いな。大抵はトイレか入浴なのですけれど。

 折りたたみ式の携帯電話。約10年前に持たせたものですが、新しいことが苦手、何事にも身構える母は当初たいそう拒んだものでした。「無理や」「難しい」「高い」「小さい」「なくす」…ありとあらゆる文句を並べる彼女に、まあ安心を買うと思ってと無理やり押しつけた。あとは孫たちから電話をさせるなどの作戦で、元々が話し好き、何と言ってもどこでも通話ができる便利さもあり、すぐになくてはならない道具となりました。

 それにしても母は同じ話を繰り返す。頭はしっかりしているだけに不思議です。口癖は「こんな話はあんたにしかでけへんねんけど」。誰かにそう言っているのを聞いたこともある。あちこちに「あんただけ」がいる。

 あっちが痛い、こっちがつらい、の体の話はともかくとして、小1のぼくが泣きながら下校した話、田んぼに連れて行くと必ず大をもよおしたなんて話や、ホテルのクリームソーダが高かった話、疎開のとき父親が自分の日本酒しか運ばなかった話…“同じやつ”を何度も繰り返す。息子のぼくは「もうそれ前にも聞いた」と指摘するのですが、そうすると気を悪くする。「それは親に言うたらあかん言葉や」「あんたは昔から冷たい」

 老いの繰り言と申しますが、本当にそうだなあ。ああはなりたくないので、娘に「父さんがもし同じ話をし出したら遠慮せずに言ってくれ」と頼んだら、彼女は「それこないだも言うてた」と返しました。(編集者)

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澤田康彦 さわだ・やすひこ 1957年生まれ。編集者・エッセイスト
小池アミイゴ こいけ・あみいご 1962年生まれ。イラストレーター