曼殊院(まんしゅいん)は、京都市左京区一乗寺に所在する天台宗門跡寺院です。延暦年間(782~806年)に比叡山に創立され、中世は北山周辺、そして現在の京都御苑の中に寺地が移りました。江戸時代までの御苑は公家町といわれ、京都御所の周りに公家の屋敷が建ち並んでいる場所でした。その後、江戸時代の1656(明暦2)年に現在地に移転された歴史的経過があり、その姿を今に伝えています。

 明暦当時の門跡は良尚(りょうしょう)親王という方で、桂離宮を造営した八条宮智仁(としひと)親王の第2皇子でありました。修学院離宮を造営した後水尾(ごみずのお)天皇とも近しい関係で、建物の意匠にも似通った点が数多く見うけられます。長押(なげし)の釘(くぎ)隠しや、杉戸の引手が有名です。こういったことから曼殊院は、お寺というよりは屋敷としての雰囲気が強く残されています。

屋根の葺き替えを終えた本堂(左)と小書院(右)(17年12月撮影)=京都府教委文化財保護課提供

 現在、本堂(大書院)、小書院、庫裏(くり)の3棟が重要文化財に、書院庭園が国名勝に指定されています。本堂と小書院は広い縁側が雁行(がんこう)型につながり、庭園と一体となって美しいたたずまいを見ることができます。本堂と小書院のこけら葺(ぶ)きの屋根が傷んだことから、2016~17年度に屋根の葺き替え工事を京都府教育委員会が受託して行いました。こけら葺きは、長さ30センチ、厚さ3ミリの椹(さわら)の手割板を3センチずつずらして葺いていく板葺きの屋根です。板が10枚重なる計算で、葺き材全体の厚さは3センチ強ぐらいになります。建物全体を外から見られるところはないのですが、本堂の縁を曲がったところから葺きたての金色に輝く小書院のこけら葺き屋根を見ることができます。わずかな曲線のむくり屋根がとても優しい印象を与えてくれると思います。

厚さ3ミリの椹の板を重ねて屋根をつくる「こけら葺き」(2017年6月撮影)=京都府教委文化財保護課提供

 さて、曼殊院の建造物は、重文の3棟のほかに京都府暫定登録文化財として、表門、玄関、護摩(ごま)堂、上台所、唐門、天満宮、弁天堂の7棟が新たに登録されました。その中の表門、玄関は、京都御苑にあったときの建物を移築したもので、表玄関にふさわしい雰囲気を今に伝えています。また、上台所は明暦にこの地で建てられた建物ですが、下台所と呼ばれる重文の庫裏と対になって残る非常に貴重な建物といえます。

重要文化財に指定されている庫裏(2018年4月撮影)=京都府教委文化財保護課提供
京都府暫定登録文化財の玄関(2017年7月撮影)=京都府教委文化財保護課提供

 その庫裏は、1991年度から96年度にかけて解体修理を実施しました。当時の痕跡調査等により、庫裏も玄関などと同じく京都御苑にあった時の護摩堂を移築改造したものであることが明らかとなりました。また、材料に残る刻印から、護摩堂の前身の建物がさらにあるのではないかという可能性も判明しました。

曼殊院

 庫裏というと、禅宗寺院の庫裏のように正面に切り妻屋根の三角を見せる印象がありますが、曼殊院の庫裏の屋根は入母屋造で、横から入るあまり例のない形式からも元々護摩堂だったと考えられます。内部には大きなかまどが7口設けてあり、当時多くの人がいたことも想像できます。庫裏正面の唐破風(からはふ)は後に付けられたものですが、そこには良尚親王の筆による「媚竈(びそう)」の額が掲げられています。これは、竈で働く人を大事にしなさいという意味だそうです。現在、庫裏は拝観の入り口となっています。新緑の季節になりますので、ぜひ一度、曼殊院を訪れてください。 (京都府教育委員会文化財保護課建造物担当 小宮睦)