天皇からの供え物を受ける田中恆清宮司(中央左)。75年ぶりに「奉幣の儀」を山上で行った=八幡市・石清水八幡宮本宮、9月15日撮影)

天皇からの供え物を受ける田中恆清宮司(中央左)。75年ぶりに「奉幣の儀」を山上で行った=八幡市・石清水八幡宮本宮、9月15日撮影)

魚を池に放す神職たち。例年、放生行事は近くにある川で行っていた(八幡市八幡・放生池)

魚を池に放す神職たち。例年、放生行事は近くにある川で行っていた(八幡市八幡・放生池)

 京都府八幡市の石清水八幡宮でこのほど、勅祭「石清水祭」が営まれた。新型コロナウイルスの感染防止のため、約500人による神幸行列を取りやめるなど内容を大幅に変えて行った。平安時代から続く同祭の歴史上、山上で神事を営むのは「特例」とされた終戦直後の1945年以来2度目。国民の安泰や感染症の収束が祈念された。

 石清水祭は863年に放生会として始まったとされる。京都市の葵祭や奈良市の春日祭と同様に天皇の勅使が派遣される勅祭として続いてきた。

 例年の石清水祭は、男山山上の本宮から鳳輦(ほうれん)や神人(じにん)が行列で参道を下る「神幸の儀」に続き、麓の頓宮(とんぐう)で神事が行われる。だが、今年は密集を避けるため、宮内庁と調整し、終戦直後と同様に行列を取りやめ、山上の本宮で神事を行うことにした。

 15日午前10時に天皇からの供物を奉納する「奉幣(ほうべい)の儀」が本殿前で行われた。参列者は勅祭を行う神社や神人の代表ら50人程度にとどめられ、厳かな雰囲気の中、宮司の祝詞や勅使による天皇の祭文が奏上された。

 その後、放生川(大谷川)で行われてきた放生行事は、頓宮近くにある池で実施。参列者を招かず、神職のみでおけに入れた金魚やコイを放した。