節子さんの瞳(7月21日)

  リビングのソファに目を閉じて座る女性。一粒の涙が頰を流れ、窓からの光で輝く。「伝えられないことがつらくて泣くのかな」。夫は、自分の気持ちを表せない妻を穏やかな声で思いやる。

 京都市西京区の芦田節子さん(69)は53歳の時、アルツハイマー病の若年性認知症と診断され、記憶や体の機能を失っていった。現在は話せず、体もほとんど動かせない。

 夫の豊実さん(71)は「住み慣れたところで」と在宅介護を選んだ。朝から夜まで排せつや着替えなど多くのケアを担う。特に食事介助は時間がかかる。フードプロセッサーで食べ物を細かく砕き、とろみを加える。栄養をしっかり取り、誤嚥(ごえん)性肺炎にならないよう心を配る。うまく飲み込めずにむせたら、機器で吸引する。食べ終えるまで1時間以上。食後の口腔(こうくう)ケアも欠かさない。

 豊実さんは16年続く介護で認知症について学び、節子さんに寄り添おうとしてきた。介護福祉士や認知症ケア専門士などの資格も取ったが、実際の介護の仕方に悩み、苦しみ、疲弊したこともあった。節子さんの昼夜逆転や介護拒否でいらだちが募り、節子さんを怖がらせ、不安な気持ちにさせたこともあった。

 今も食事中に何度もむせたり、おむつ交換が頻繁になったりすると、疲れていらいらすることもある。しかし、2018年の節子さんの入院が2人の関係を見つめ直す機会になった。

 原因不明の高熱と呼吸困難。たくさんのチューブにつながれた節子さんの姿に、豊実さんは「死んでしまうかもしれない」「助かってほしい」と思った。朝から晩まで付き添い、食事を口元に運んだ。節子さんも頑張って食べた。「一生懸命尽くすことで、一生懸命生きて応えてくれていると感じるようになった」

 節子さんが生きるためにしている介護が、今では自分の生きがいになった。「節子がつらくて泣くのなら、つらさに負けないように丁寧な介護で元気づけよう」。介護は一方的に与えるものではなく、介護によって節子さんと通じ、自身も得るものがあった。

 認知症が進んでも感情は残る。豊実さんは優しい言葉を掛けながら節子さんと接する。節子さんは何も言わないが、豊実さんは触れ合った肌から節子さんのぬくもりを感じている。

車いすに乗せるために節子さんを抱き上げる豊実さん(7月21日、京都市西京区)