散歩中、雪が激しく降り始めた。ヘルパーの山田逸子さん(58)が傘を取り出し、谷口さんの頭上に差し出した=2月6日、京都市左京区

 医師の谷口政春さん(96)=京都市左京区=は、軽度の認知症で独り暮らし。注文の多い、ヘルパー利用者だ。「ヘルパーへの期待が大きいんです」


 ヘルパーの前川弘子さん(57)が健康に気を配って作った夕食を「おいしくない」と残した。前川さんの料理は塩分控えめで多品目だった。谷口さんは濃い味付けで、入れ歯でかめる柔らかさがいい。前川さんは谷口さんが好きな煮物の味を聞き取り、トマトの皮や魚の骨などを取り除くようにした。谷口さんは今、残さずに食べる。「おじいの思いに近寄ってくれた」と喜ぶ。

ヘルパーの見守りでお風呂に入る谷口さん(8月26日)


 谷口さんの家には週2日、草津市に暮らす娘が介護に訪れるが、日常生活には京都福祉サービス協会高野事務所(左京区)から派遣されるヘルパーが欠かせない。

谷口さんの介護ベッド(3月6日)

 谷口さんが注文を繰り返す背景には、認知症だった妻の君子さんの介護体験がある。困ることが多かったが、協会のヘルパーが君子さんが楽しく暮らせるようさまざまな工夫をしてくれた。「ピンチをチャンスに」を合言葉に協力して、君子さんが亡くなるまで在宅介護を続けた。


 ヘルパーと共に取り組んだ介護体験を本にまとめて発行。自宅をヘルパーの学びの場ともなる認知症カフェとして提供した。「認知症の人のパートナーになるヘルパーが増えれば、温かな社会になる」。そんな理想があるからこそ、時として厳しい言葉を投げ掛ける。

雨が降る中、かっぱ姿で谷口さん宅を訪れたヘルパーの高倉明美さん(49)=2019年12月30日


 「散歩の同行」を巡り、協会と何度も話し合った。散歩にヘルパーが同行し、介護のあり方や君子さんの思い出などを話しながら歩く。「散歩は私にとって最高のケア」と谷口さん。介護保険を使うには厳しい要件があり、当初は利用料を10割負担していた。「なぜ必要なのに介護保険が使えないのか」と協会に働き掛け、要件を満たして介護保険を利用できるようになった。


 今夏もヘルパーの交代や散歩の行き先を巡って協会と何度もやりとりした。高野事務所の安岡英樹副所長(54)は「谷口さんはいいケアを広めたいとの思いがある」と理解を示すが、介護保険には制限がある。谷口さんはあくまで制度より利用者本位を求め、その都度、解決の道が探られる。


 うまくいかないと、谷口さんも落ち込む。もの忘れの進行も心に影を落とす。ご飯を食べる気力がなくなり、夜眠れないこともある。それでも、しばらくすると「ピンチをチャンスに」とまた前を向く。介護の第一線で注文する利用者であり続ける。