重子さんがチラシの裏に残したメモ書き。判読できない文字も多いが、下部中央付近に「何の事かさっぱりわからんわ」と読める1文も(6日、大阪市)

佐保重子さん=享年(80)=は生前、物忘れが進んでいく不安をチラシの裏に書きためていた。重子さんの死後、長男輝之さん(60)が重子さんの自室のたんすなどから見つけ出した。


 数百枚のうち、数枚のメモ書きから「何の事かさっぱりわからんわ」「できません」などと読み取れるぐらいで、大半は何が書いてあるのか解読できない。

重子さんが残したメモ書きの束


 重子さんはきちょうめんで、一文字ずつ丁寧に書く人だった。「認知症の人と家族の会」副代表理事の杉山孝博医師(73)は「ミミズがはうような字体は、認知症の人に特徴的な傾向の一つ」という。


 いつから書き記していたのかは不明だが、介護保険制度が2000年に始まることを知らせるチラシに書かれたものがあった。輝之さん、ひかるさん(57)夫妻が同居を始める8年前。重子さんが長年、物忘れの進行に不安を抱えていたことがうかがえる。


 自分の状態に混乱しながらも、一生懸命に何かを訴えよう、書き残そうとしていた。夫妻はチラシの裏のメモ書きを見つけた時、必死に思いを絞りだそうとしていた母を想像し、絶句した。


 振り返れば、重子さんが思いを訴えよう、伝えようとしたとみられる行動は他にもあった。

輝之さんが描いたイラスト。穏やかなときとそうではないときの重子さんの表情
 


 「出て行け」と言って家で暴れた翌日、ふすまの隙間から顔だけをのぞかせ、台所に立つひかるさんに向けて「にぎやかなんがええ」と繰り返し言った。夫妻が出て行かないよう、引き留めようとして出た言葉だったのではないか。幼児返りしたような行動も、何とか気持ちを伝えようとした思いの現れではなかったか。

重子さんのことを思い返す輝之さん(右)とひかるさん


 苦悩に気付けないまま母は亡くなった。逮捕されて約3年間勾留され、一家の生計の糧も失った。怒りと悲しさ、そして悔しさ。ひかるさんは取材中、こらえきれず、おえつを漏らした。


 「なぜ、受け止められなかったのか」