朝食のひととき。里美さんの腕にそっと稔さんが手を添えた(8月29日、京都市右京区)

「人格は変わらない」


 アルツハイマー型認知症の越野里美さん(78)=京都市右京区=を在宅介護する夫の稔さん(76)は言い切る。


 里美さんはほとんど話せないが、稔さんが買い物に出るとき、「気を付けて」と言ってくれる。稔さんは「ほかの人が見ても分からない、ほんのささいなこと。長年付き合ったから分かる」。


 音楽療法で大好きな美空ひばりを口ずさむ。ケーキを見て喜んだ顔を見せる。「日常の中で小さな喜びを見つけられたから、介護を続けられた」

好物のケーキに笑顔を見せる里美さん。笑顔を見るのが稔さんの楽しみだ(8月28日)


 里美さんは2010年に認知症と分かってからも、自分らしさを大切にした。若い頃から自宅を子ども図書室として開放する「家庭文庫」を続けてきた。料理ができなくなるほど症状が進んでも、熱心に学んできた紙芝居は17年ごろまで親子向けの市民活動や認知症カフェなどで続けた。自分のものとして、身に付いていた。

紙芝居へのお礼と、2017年に京都市で開かれた国際アルツハイマー病協会の国際会議に出席した2人の写真がリビングに飾られている


 でも、2人が絆をつなぎ続けるには周囲の助けが必要だった。施設への通いや短期間の宿泊、自宅への訪問を柔軟に組み合わせて利用するほか、訪問診療なども受けている。「いつ終わるかわからない介護は余裕がないといけない。妻に優しくできることにつながっている」

朝、介護職が着替えの介助に訪れる。真っ白な靴下を履いて一日が始まった(8月29日)


 里美さんが認知症と分かったころは、稔さんもいらいらすることも多かった。バスを降りる際に時間がかかり、「迷惑をかけたくない」という気持ちが妻を焦らせることにつながった。2013年から認知症カフェを利用し始め、「認知症の人と家族の会」にも入会。悩みを話し、分かってもらうことで気持ちが楽になった。


 2018年ごろ、稔さんが買い物から帰ると、リビングが水浸しになっていた。里美さんが洗面台の蛇口を開けっ放しにしていた。水が流れ続ける中、小さな雑巾で一生懸命床をふいていた。家族の会で話すと、先輩介護者が「奥さんの気持ちを考えると…」と言って、涙ぐんでくれた。稔さんも涙が止まらなくなった。大切でいとおしい存在だと感じた。


 妻は認知症になったが、多くの助けにも出合った。結婚から、まだ50年。「妻とできるだけ長く一緒にいたい」