夏のはじまりにナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー『フライデー・ブラック』と、ジェイムズ・ボールドウィン『ビール・ストリートの恋人たち』という2冊の本を読んだ。どちらも黒人の作者による小説で「Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命も大事だ)」運動をきっかけにして手にした本だ。

 『フライデー・ブラック』は近未来を描いた短編集で、『ビール・ストリート~』は実際に起こった事件をモチーフにした物語。作風も読後感もまったく違う2冊だけど、どちらも人種差別、というものが中央に置かれている作品だ。

 遠くの、もしくは、そう思い込んでいるものの情報は、大きくてわかりやすく感情が動くものから僕らの部屋に映される。日本で暮らす人のなかにはBLMを単に暴力的なデモ活動として受け止めた人も少なくはないと思うし、それが大坂なおみさんに対する一部のリアクションにもつながっていると思う。

 知る、ということは様々な角度や入り口をもっていて、それぞれに自分が好きなものや場所からアクセスすることができる。それが本屋さんでも映画館でも、スポーツニュースのなかでも、僕たちは知る、ということを忘れてはいけない。